201709.07

友達とはなにか①

Post by 中西千華 2017年9月7日


書き始めようとして、なかなか答えのないテーマだなと感じています。

答えはないのですが、書いてみようと思います。

もう、何ヶ月も前の話ですが、わたしは毎週のように週末にお茶をしたり食事したりしている友達が3人いました。

一緒にいるととても楽しくて勉強になりました。

もともと彼ら3人がいたところに、わたしは彼らによって温かく迎え入れてもらっていたのだと思います。

あるとき、別の知り合いを紹介しようと思い、わたしを含め4人で集まるときにその人を呼んだことがありました。

皆で食事をして楽しく過ごしました。

その後、その知り合いに会ったときに、こう言われました。

「どうして中西さんは、コンフォートゾーンの違う彼らと一緒にいるの? 」

コンフォートゾーンというのは、快適だと感じるものの幅であり、生活すべてにおいてコンフォートゾーンがあります。

その人いわく、「彼らはわたしが付き合う人たちなのか、疑問だ」ということでした。

その人は“healerとしての力”に言及していましたが、どう考えても明らかに収入だけをみて言っているように感じました。

わたしは、気功を始めてから目に見えないものを少しずつ感じるようになり、いろいろなことが透けて見えることがあります。

透視できるわけでも読心できるわけでもなく、肌で感じるというだけですが、おそらくわたしの直感は大きく外れていないはずです。

ちなみに友達3人の収入は、日本の平均収入から乖離していない、普通の収入だったと思います。

「どうして中西さんは、コンフォートゾーンの違う彼らと一緒にいるの? 」

と言われた、わたしの気持ちが想像できるでしょうか。

自分でもびっくりするぐらい、腹が立ちました。

「大きなお世話です。あなたの目はふし穴ですか。」と言いそうになりました。

その人はコーチングのコーチでもあるので、そのことが、残念に思うわたしの気持ちを後押ししました。

一人の人間にはコンフォートが無数にあります。

コンフォートゾーンが近い人たちが集まるとはいうものの、それは、その人がどのコンフォートゾーンを重視するかに依存します。

要は、わたしが一緒にいる人たちがどんな人かは、わたしが何を重視するかに依存します。

それは、わたしが決めることです。

そして、みなさんが決めることです。

抽象度の低い要素だけを見て、友達を蔑まれた感覚でした。

その人自身が寂しいのか、わたしを持ち上げたかったのか、そんなことはわたしに関係ありません。

大切な友達を蔑まれることが、こんなに腹が立つことなのだと、学びました。

ちなみに3人の友達は、稀に見る純粋さを持っている、キラキラしている人たちでした。

201709.04

ありがとうと思ったときにありがとうと伝える

Post by 中西千華 2017年9月4日

毎週決まった曜日、うちの近所に、魚屋さんが小さなトラックで魚を売りに来ます。

最近は月曜日です。

小さなトラックに冷蔵のショーケースがあって、魚や刺身の他に、煮魚やマリネ、玉子焼きなどを売っています。

魚屋のおじさんの年齢は、わたしの父親と同じぐらいに見えるので、60代かなと思います。

以前は料理人をしていたようなことを言っていた記憶があります。

わたしの予想としては、朝早くに魚を仕入れに行って、早朝の段階で総菜類を調理し、売りに来ているのだと思います。

最初に買ったマリネが美味しくて、ときどき仕事帰りに寄るようになりました。

量が多く、1パックで2食分ぐらいの量が入っています。

ここ3週間ぐらい、仕事の帰りが少しだけ遅くなりマリネが売り切れていました。

先週は、おじさんがわたしの顔を見た瞬間、「あ!マリネ売り切れちゃったんだ!ごめんごめん~。来るって分かってたら置いておくんだけど。」と言いました。

わたしが毎週のように「マリネ、売り切れたんですね」と言うもので、顔を覚えてくれたようです。

わたしは仕事柄帰りが遅くなることがあり、買いに行くことを約束できないので、先週は笑ってごまかしてしまいました。

今日仕事帰りに寄ってみると、その時間にはたいてい、売り切れているか1つ残っているかのマリネが、5つか6つありました。

いつも鯵のマリネを買っていたのですが、今日は「鯵」「舌平目」「平目」と3種類あり、パックにマジックで書かれていました。

3種類売られているのは初めてでした。

おススメを聞いたところ、「舌平目かなぁ」と言ってくれたので舌平目のマリネと、今回は玉子焼きを初めて買いました。

おじさんは、「玉子焼きを買うの初めてだね!これも美味しいからねぇ。これも4、5日もつからね。」と言いました。

部屋まで歩きながら、この時間であんなにマリネがあるのはなぜだろうとずっと考えていました。

しかも、3種類あったのは初めてで、なぜだろうなぜだろう、とずっと考えながら帰りました。

どんなに考えても、わたしが来るのを見越して多めに作ってくれていた気がして、いったん部屋に帰ってから、気になってまた出ていきました。

数日もつなら、せっかくなのでお礼を言って買っておこうと思いました。

部屋からおじさんのトラックの場所までは歩いて数分なのですが、おじさんはすでに帰った後でした。

そして、なんともほっこりした気持ちで、いま記事を書いています。

玉子焼きを初めていただいたのですが、玉子焼きからすると、おじさんはおそらく寿司職人だったのだと思います。

次に行ったとき、聞いてみようと思います。

お皿の大きさが分かりにくいですが、写真は1パックの半分以下の量です。

いつもありがとうございます。

201709.01

苦手な人への接し方

Post by 中西千華 2017年9月1日

少し抽象度の低い話のようですが、苦手な人の存在は実生活ではよくある問題です。

みなさんの周りに、なんだかどうしても苦手な人が、一人か二人いないでしょうか。

いったん気になり始めると、その人の言動が細かく気になることがあるかもしれません。

そして、「他人は自分の鏡」というフレーズを思い出して、「本当かな?鏡なのかな?」と悩むことがあるかもしれません。

いまわたしには特別苦手な人がいませんが、人間なので、ときどきこの人苦手だなと思うことがあります。

そんなとき今のわたしならどうするか、参考までに書いてみます。

①なぜ、その人と出会ったのか、理由を考える。

わたしはその人と出会った理由を、とことん考えることが多いです。

ある人と出会う理由は、わたしがその人から何か学ばせていただくことがあるから出会ったのだと考えています。

「なぜ出会ったのだろう。なぜ気になるのだろう。鏡と言うならば、わたしの何を見せてくれているのだろうか。」と。

たいていはそうやって考えているうちに、感謝の気持ちがわいてきて、いつの間にか苦手ではなくなっています。

不思議ですね。

でも、実際にわたしがやっていることは、自分のマインドを変えていることに他ならないように思います。

マインドとは、脳であり、心ですね。

相手に何か要求したり働きかけたりすることはありません。

自分のマインドを凝視しているうちに、謎が解けてきてマインドが変化し、苦手ではなくなっています。

②距離を置く。

上とは真反対のようにも思えますが、「苦手だ」とイライラしているうちは抽象度が下がっているので大切なことが見えなくなります。

俯瞰するためには、いったん、その人から遠くに自分を置きます。

物理的に離れるのは難しくても、気持ちを遠くに置くことは可能です。

無視したりするわけではなく、なんとなく離れる。

意外とできるものなので、一度やってみてください。

②と同時に①の作業をすることになります。

①と②をしていると、他人を変えようとすることなく、苦手だった人がいつの間にか苦手ではなくなります。

自分で自分のマインドをコントロールすることは難しいように思えますが、必ずできます。

写真のように、わたしたちそれぞれの水面に、一石を投じてくれる人というのは、とてもとても有難い存在です。

201708.26

再び、矯正。

Post by 中西千華 2017年8月26日

 

昨日、再び歯列矯正の器具を付けてもらいました。

今年の6月上旬に歯列矯正がひと段落し、器具を外してもらっていました。

それから2カ月半ぐらい経ちます。

リテーナーという保定器具を付けていたにもかかわらず、矯正器具を外された歯はなぜか動くもので、上の歯のみ矯正器具を再装着することになりました。

担当の歯科医師の予想以上に、歯が動いたようです。

一般的に、歯列矯正後の“後戻り”と呼ばれますが、完全に歯並びが変わってしまっているので後には戻れません・・・。

自分の歯を見ていると、どうも、それぞれの歯が行きたいところに着地しようとしているように見えます。

なんとも不思議ですね。

わたしとしては、それぞれの歯の行きたいところで着地してもらえばいいかなと思っていましたが、歯科医師は再装着の判断をしました。

昨日、矯正器具を再装着したので、上の歯が動き始め痛みが出ています。

面白いことに、再装着してもらったとき、なんだか“懐かしい”感じがしました。

“懐かしい”と思っている自分に少し驚きました。

脳の機能は本当に面白くて、歯の感覚でいろいろなことを瞬間的に思い出すのだなと感じました。

2年間矯正器具を付けていたので、脳がその状況に慣れてしまっていたのですね。

慣れというのはすごくて、食べ物の選択が、瞬時に矯正時のモードに切り替わりました。

歯に鈍痛があるので硬いものを避け、カレー類は色素がブラケットに付くので食べません。

買い物をするときに、わざわざ考えなくても適当なものを選んでいます。

脳の機能=マインドの機能、は面白いです。

わたしたちは、脳の機能を上手く扱う方が、より楽しく生きることができる可能性があります。

自分自身の視線を過去サイドでなく未来サイドに瞬時に向けるように、また、ネガティブでなくポジティブな状態を維持するように。

結局のところ何を選択しても良くて、見たいものを選ぶのはわたしたち自身です。

201708.20

アイスブルーのレギンス

Post by 中西千華 2017年8月20日

最近のわたしの普段着は、デニムかチノパンツにTシャツです。

最近といっても、かなり長い期間、このファッションでいるような気がします。

冬場はTシャツが長袖になり、カーディガンかパーカー、ストール、そしてダウンがプラスされます。

ふだん、休みの日に洋服を買うために出かけるということはほとんどありません。

おそらく・・・、今は、わたしの中で洋服の重要度が低くなっているのですね。

先日、友人が洋服を見に行きたいと言うので、銀座に一緒について行きました。

特に興味がなかったので最初はなんとなく見ていたのですが、友人が楽しそうに選んでいるのを見るとなんだかわたしも楽しくなってきました。

わたしが同調したのかもしれませんね。

数着購入したのですが、その中のひとつが、写真のレギンスです。

絶妙な色をしているので色について少し調べたところ、アイスブルーという色に近いようです。

写真は先週の金曜日で、久しぶりに“いつもの服装”ではない服装で出かけました。

不思議なもので、どんよりした天気でも、綺麗な色の服を身に着けていると気持ちが良かったです。

最近、皮膚の本や免疫の本を読んでおり、その中に、皮膚が色を認識する可能性について書いているものがありました。

アイスブルーの清々しい感覚に、「あ、確かに」と、少し納得しました。

おそらく、黒のレギンスだったらそれほど気分の変化がなかったのかもしれないなと思います。

誰にでも、「わたしにはこれが似合う」と考えているファッションがあるような気がします。

男性でしたらポロシャツが好きだったり、女性でしたらワンピースをたくさん持っていたり・・・。

冒頭で書いたように、わたしにもあります。

わたしの場合は洋服の重要度がそれほど高くないので、洋服に充てる思考のエネルギーを極力減らしているところがあります。

でも、「わたしにはこれが似合う」といったん思い込んでしまうと、もっともっと似合うものが見えなくなるなぁと感じました。

洋服に限らず、人生におけるいろいろなことに言えるのではないかと思います。

この世界にはわたしたちそれぞれが知らないことが溢れるほどあって、わたしたちはさらに、新しいものをCreateすることができます。

“新しいものをCreate”する。

わたしたちそれぞれが持っているCreateする力を、いつだって忘れてはならないなと、ふと思いました。

reader読者登録

ブログ購読をご希望の方はこちらからご登録ください。

Subscribe2