201606.26

I×V=Rの奥深さ

Post by 中西千華 2016年6月26日

ルー・タイス氏と苫米地英人博士の著書で出てくる公式が以下です。

I(想像力Imagination)×V(臨場感Vividness)=R(現実Real)

この公式の意味は、ゴールを達成した自分を豊かに想像し、まさにいま自分がゴールを達成しているという強い臨場感をもつことにより、ゴールが現実になることを指しています。

わたしが考えた、この公式のポイントを2つ挙げます。

①×であること。

+などを使用せずに×としています。

想像力と臨場感が、ゴール達成に際し非常に強い影響力をもつことを示しています。

②WORDが入っていない。

ブリーフシステム(=信念)はWORD、PICTURE、EMOTIONの3つから作られています。

よく見るとこの公式にはWORDは入っていません。

言葉は本当に大切で、アファメーションには言葉を用います。

にもかかわらず、なぜWORDが入っていないのでしょうか。

ゴールをRealにするときに、WORDという限界のあるものを超えた、想像力と臨場感の方が大切だということを、この公式が明らかにしているように思います。

WORDは大切ですが、限界があります。

それに対し、想像力と臨場感は情報空間に存在するものであり、限界がありません。

限界があるものを公式にいれるよりも、限界のないもの、∞を掛け算の公式に組み込む方が強いと考えます。

I×V=Rの公式は奥深く、見るたびに発見があるように感じます。

201606.25

電車の中吊り広告

Post by 中西千華 2016年6月25日

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今日は電車に乗ったとき、電車の車内はあるアイスの宣伝でいっぱいになっていました。
隣には70代ぐらいの夫婦らしき方々が立っており、女性が「まあ、呆れた。ばかばかしい。こんなだからダメなのよ。これは和製英語かしら。考えるなということかしら。」という趣旨のことを男性に話しかけていました。
男性は「今の浅はかなバラエティ番組が日本中の白痴化(ここでは”考えない”という意味で使っているようでした)をあおっているのでしょうな。」という趣旨のことを返答していました。(白痴の単語がふさわしくない可能性はここでは言及しません。)

わたしは心の中で反論していました。あくまでも、心の中です。
「ではあなたたちは、今から何をするのですか。確かにバラエティ番組は良くないのかもしれない。であればメディアに対してあなたは何をするのですか。行動を起こさないと意味がない。たしかに、何も考えるな、というような内容の広告ではあるが、わたしが若い層だと仮定すると、わたしは日々考えている。わたしの周りにも、真剣に考えている人間は山のようにいる。いったい何をもって、日本人全体が考えない人間ばかりになっていると決めつけることができるのか。」

苫米地英人博士の著書にはディベートについて書かれている本がありますが、ここでは反論の仕方をお伝えするというよりも、真実を知るにはあらゆるものを疑う必要があるということを伝えたいです。

わたしは、若い世代の人たちの中に、日々真剣に考えながら生きている人たちがいることを知っています。

メディアのコマーシャルで洗脳されない人間が、わたしのまわりにはたくさんいます。

真実を知るためには、「これは本当なのか。この人が話している内容の根拠はあるのか。」という疑問を、毎日とは言わず毎瞬間、抱いていただきたいです。

201606.25

民間療法

Post by 中西千華 2016年6月25日

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ずいぶん前にある先輩の医師から、「患者さんから相談される民間療法はね、否定も肯定もしなくていいんだよ」という言葉をいただいたことがあります。

そのときのシチュエーションははっきり覚えていないのですが、その言葉だけは印象的だったので覚えています。

おそらく、それを聞いたときに、わたしは民間療法に対して良くない印象を持っていたため、心に残っているのだと思います。

医師が民間療法に対するスタンスとして、否定も肯定もしない。

これについて考えたいと思います。

よく聞く単語としてブラセポ効果というものがあります。

ブラセポとは、新薬の臨床試験において、対照薬として効果的な成分が入っていない薬を用いることがあり、その対照薬のことを指します。

ブラセポは、効果的な成分が入っていないにも関わらず、効果が出ることがあり、それをブラセポ効果といいます。

患者がその薬が効くと心から思ったために、効果がみられる、このことの意味は、気や情報という言葉で説明できます。

対照薬がもつ気、情報場に、患者が「効果が出る」という情報をのせることで、効果が出るという情報をもった薬になるのだと思います。

薬の場合ですと、人間の自然治癒力の強化という効き目という側面もあるのかもしれません。

「民間療法を否定も肯定もしない」というのは、おそらく、患者によって民間療法が本当に効き目が出るものになる可能性があることを意味しています。

このフレーズを聞いたのは10年ぐらい前のような気がしますが、大切な言葉をいただいたなと、今更ですが感謝しています。

201606.24

認知的不協和の使い方

Post by 中西千華 2016年6月24日

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まず、時間の流れを最初に再認識していただきます。

苫米地英人博士の著書でよく言われるのが、時間は未来から現在、そして過去へと流れていきます。

わたしはその流れに慣れているので、未来が風のように自分の方に向かってくるように感じます。

博士はわたしたちに理解しやすいように未来から現在、過去へ、という説明をしてくれていますが、実際は、現在に過去も未来も含まれている、とも説明しています。

この時間の流れをベースに、認知的不協和について考えます。

認知的不協和とは、矛盾した2つの認知状態がある状況のことを指します。

認知的不協和がわたしたちの中に存在すると、わたしたしは落ち着かなくなり、どちらかを選ぼうとします。

つまり、認知的不協和を解決して協和状態にしようとして、ホメオスタシスが動き出します。

ホメオスタシスとは、生体の恒常性維持機能ことを指します。

体温の維持であったりとか、体を維持するためにお腹が空いたりなど、ホメオスタシスにはさまざまなホルモンが関係しています。

ゴール設定をします。

そして、ゴールを達成している自分を詳細に頭の中に描きます。

そのときに感じている感情も感じるようにします。

たとえば、社長になることをゴールとするとします。

そのときのコンフォートゾーンを頭の中に描くと、例えば5年後の年収は5,000万円で、そのときに付き合っている会社があり、そのときに住んでいる家があり、持っている家庭があります。

車は社用車と趣味の車数台があります。

食事は、週に5回ぐらいはビジネスランチや、夜の会食もあります。

休みの日の過ごし方も詳細まで頭の中に描きます。

ここまでくると、例えば現在の年収が500万円だとして、5年後に上のような生活になっているとしたら、今のサラリーマン生活は明らかに矛盾を生じます。

今の状態が、おかしいわけです。

これが認知的不協和を生じている状態で、この状態から協和状態になるにあたり、2つの方法があります。

一つは、ゴール達成の想像を維持することができず、現状のままの自分でいるという方法で協和状態になる方法。

もう一つは、強く強くゴール達成している自分を想像することで、コンフォートゾーンがずれ、現状がどんどん変わるという方法。もちろんサラリーマンでいるままでは達成できないので、副業し始めるか、起業するか、なんらかの動きがあるはずです。

どちらを選びますか?

二つ目の協和状態を選ぶにあたり、次々と出現するドリームキラーを無視できればあなた一人でも可能ですし、プロのコーチをつけるのであれば、コーチはドリームサポーターとして力強くあなたを引っ張っていくことができます。

コーチとは、目的地まで連れていく、馬車のことです。

201606.24

気を感じる

Post by 中西千華 2016年6月24日


わたしたちは何かにつけ「気」を感じますが、少し前に「気」を感じた出来事について書きます。
少し前になりますが、コンフォートゾーンがずれてきているのもあるせいか、引っ越しを考えてもいいのかなとふと思い、部屋を見に行きました。
特別引っ越す必要性はないのですが、なんとなく見に行きました。
築5年以下で探してもらい、新しいマンションの部屋を何部屋か見せてもらいました。

ピンとくるものがなかったので帰ろうとしていたところ、たまたま、担当の方が思いついた部屋を見せてもらいました。

そこは築10年ぐらいだったので、担当の方は紹介しないでおこうと考えてくれていたようでした。

間取り図も何も知らなかったのですが、部屋に入った瞬間、ふわっ・・・ととても良い感じがしました。

瞬間的に部屋の気、部屋の情報を感じたのだと思います。

玄関で靴を脱いでいるとき、瞬間的に、「あ、わたしはこの部屋に住むんだ」と思いました。

間取り図も見ずにふらっと見せてもらった部屋で、しかも玄関先でそんなふうに思うとは予測していませんでした。

部屋の中を見ましたが、じっくり見るというよりも確認した、という印象でした。

今考えると、その部屋には幸せの気、幸せの情報がつまっているのだと思います。

幸せ、という言葉以上に、何とも表現しがたい、前に住まれていた方々の温かさが感じられました。

特殊能力がなくても、人間は誰しも「気」を感じながら、「気」を発しながら生きています。

心を静かにして、あなた自身の内部の観察、それから周りの環境である外部の観察をしてみてください。 

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