201606.04

愛のバトン

Post by 中西千華 2016年6月4日
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昨日今日と、コーチングの創始者、ルータイス氏のお話を聞きに行ってまいりました。

ルータイス氏は2012年4月に亡くなられており、映像のルータイス氏です。

映像が上映され始めた時、「やっとお会いできた」と感じました。

情熱の塊、エネルギーの塊のようなものが、がんがんと私にぶつかってきました。

ルータイス氏から感じたもの、自分から湧き出た感情は、うまく表現できる言葉がみつかりません。

 

「アファメーション」ルータイス著 より引用します。

「私は“バトンを渡す”ためにこの本を書いています。

あなたにバトンを渡し、あなたの脚で愛のためにレースを走ってほしいと願っています―」

 

私は、バトンを渡された一人となります。

201606.03

信念

Post by 中西千華 2016年6月3日
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今日人と話をしているときに、ふと、「この人の目に自分はどういう風に映っているのだろう」という雑念がよぎりました。

自分で、「自分らしくない考えがよぎったな」と感じました。

それでこの雑念は終了です。

 

多くの人は、他人の評価を気にしながら生きています。

「いい人だと思われたい」「社会的地位がある人だと見られたい」「かわいい、カッコいいと言われたい」「お金持ちだと思われたい」

あげていけばきりがありません。

いわゆる、煩悩、です。

人間にはある程度の煩悩は必要ですが、必要以上に求めると自分の軸がぶれやすくなります。

 

自分の人生の責任者は、“自分”以外に存在しません。

よって、他人の評価基準は評価軸には入りません。

また、絶対的な価値のあるものに、他人の評価基準は関係ありません。

 

煩悩に振り回されそうになったら、自分でストップをかける習慣をつけてください。

自分が信じるもの、すなわち“自分自身”を、迷いなく信じ続けてください。

私たちは、他人の評価は抜群だけれども不幸、な人生を、歩むわけにはいきません。

201606.02

術中覚醒

Post by 中西千華 2016年6月2日
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今日の麻酔勤務中に、術中覚醒の話が出ました。

術中覚醒というのは、全身麻酔の手術中に患者が起きている事象を指します。

トレーニングされた麻酔科医が担当していれば通常起きませんし、麻酔科医にとっても術中覚醒は絶対に起こしたくない事象です。
術中覚醒では、患者は起きているので、音はクリアに聞こえます。

鎮痛がきちんと出来ていれば、痛みは感じませんし、鎮痛が不十分であれば痛みを感じます。

筋弛緩薬が効いていれば患者は動くことができず、金縛りのようだと形容されることがあります。
もし、筋弛緩薬が効いていて、鎮痛が不十分、かつ覚醒している場合…

患者は、想像を絶する恐怖の中に閉じ込められると考えられます。
ふと、今の日本には、術中覚醒のような人生を送っている人が多くいるのかもしれない、と思いました。

しかも、自分では気付かないまま、縛られた日々を過ごしていることがあります。

 

時々、自分の状況を客観的に眺める習慣をつけるといいかと思います。

毎日、やりたいことをして過ごしていますか?

今、ワクワクしていますか?

そして、今、自由ですか?

201606.01

究極の優しさとは

Post by 中西千華 2016年6月1日
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私には、思考におけるテーマがその時々で存在します。

忙しければ忙しいほど、雑音をシャットアウトして、テーマについて考えることがあります。

ここ数週間のテーマは「究極の優しさ」とはどいういうものか、です。

まだ答えは出ていません。

言語で表現できるような答えは存在しないのかもしれません。

 

自分に「究極の優しさ」がある状況を考えたりします。

エフィカシーは宇宙の果てまで突っ切るのだろうと考えています。

ただ、人間なので、スコトーマ(盲点)は必ず出てきます。

 

「究極の優しさ」があるとしても、人間である以上、完璧にはならないということです。

そう考えると、スコトーマを外してくれるコーチや仲間というのは、とても大切です。

一人では完璧にはなり得ない、ということを心にとどめておくことも大事です。

 

201605.31

52円切手

Post by 中西千華 2016年5月31日


今日はタクシーに乗りました。

面白い運転手さんで、行き先を告げると、「じゃあ1,200円で手を打ちましょうか」と言われました。

確かに行き先までは、スムーズに行って1,200円ぐらいです。

道路が混んでいると1,500円ぐらいの時もあります。

運転手さんはスムーズに行けそうな道を一生懸命選んでくださり、メーターでは1,200円を超えたにも関わらず、「差額の50円で実家に葉書でも書いて」と言って安くしてくださりました。

自宅に戻ると、宅配ロッカーに実家から荷物が届いていました。

荷物の中に、妹が可愛らしい猫の切手を入れてくれていました。

しかも、82円切手ではなく、52円切手でした。

 

「縁起」と、言葉で表現しても伝えきれませんが、あらゆるものはどこかで繋がっています。

目の前にある様々なモノの、縁起を考えてみましょう。

モノは単なるモノに過ぎないように見えますが、実はその背後に広大な縁起の世界が広がっています。

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