自分を喜ばせるカード
わたしたちはわたしたち自身のprofessionalです。
元気の出ないとき。
なんとなくもやもやしていてすっきりしないとき。
ネガティブな気持ちに傾きがちなとき。
そういったとき、「いかに早く前を向くか」が、なかなか大切です。
さっさと立ち上がりましょう。
もちろん、ときに、時間をかけて起き上がる必要のあるときはあります。
でも、日々の小さなストレスに関しては、それらに振り回される時間がもったいないです。
わたしの場合は、切れる“カード”を複数もつようにしています。
“自分を喜ばせるカード”です。
カードを使わずに「カチッ」と切り替えることができるときは、瞬時に「カチッ」としてしまいます。
切り替えができる時は、自分でも気づかないうちに切り替えているように思います。
慣れると瞬発力が出てきます。
「カチッ」とできないときは、カードを切ります。
この間は、写真のお花を買って帰りました。
例えば、好きなケーキ屋さんのケーキを食べたり、美味しいコーヒーを飲んだり、好きな音楽を聴いたり、なんでも良いです。
マッサージをしてもらうのも良いかもしれません。
この場合は、痛みを伴うような強いストレッチではない方が良いかなと思います。
目的は自分を元気にすること。
そのためのカードをたくさん持っていると、そのうち、ちょっとしたストレスはストレスだと感じなくなります。
わたしの部屋に来てくれた、お花に感謝。
初めてのスカイツリー
先日、初めてスカイツリーの展望デッキに登りました。
スカイツリーは2015年5月22日にオープンしたということです。
オープンして今年で5周年、あっという間に感じます。
東京に住んでいてもスカイツリーに登ろうと思ったことはなかったですし、普段わたしは人の多い場所にはあまり行きません。
先日は、平日の午後に、たまたま行く機会がありました。
押上駅で降りて、駅からスカイツリーのチケット売り場まで、そしてチケット売り場から乗り場まで、かなり歩いたように思います。
スカイツリーからの景色は…、とにかく、絶景でした。
写真のような景色が360度見られました。
一緒にいた人が「これで東京の空を飛ぶ夢を見ることができる」と、言っていたのが印象に残りました。
「これで東京の空を飛ぶ夢を見ることができる。」
…素敵です。
おそらく一生忘れないフレーズです。
わたしはよく「地球を見下ろすような視点で」と言います。
こう言っているとき、わたしはイメージの中で完全に宇宙から地球を見ています。
言い換えると、抽象度を上げて視野を広げ、俯瞰する視点で、という意味ですね。
実際に地球を見下ろす体験をするのは現時点では難しいですが、“リアルな体験”というのは、コーチングにおいてゴールをイメージする際に、とってもとっても大切です。
リアルな体験には感情や体感など、様々な要素がギュッと詰め込まれているからです。
want toだと感じるたくさんのことを、どんどん体験してください。
たくさんの嬉しさやワクワクする気持ちは、人生に鮮やかな色を与えてくれます。
本日からラジオ
KJエンタ ラジオに、再度ゲスト出演させていただきます。
心から感謝しております。
KJエンターテイメントのJIYOUNGさんとAKITAKAさん、とっても素敵です!
7月10日(月曜日)〜7月16日(日曜日)
22:30〜23:00
一週間同じ内容です。
今日から一週間、毎日22:30にお会いしましょう!
http://hyperspots-mw.jp/RakutenFM/kjenta/
ペットショップは日本の恥
半年以上前に書きかけた記事を、最後まで書きます。
過去のわたしは、最後まで書くのを諦めました。
「日本のペットショップ」について、です。
日本では当たり前のように犬や猫が値段を付けられてペットショップで売られていますが、地球規模でいうと当たり前ではありません。
多くの先進国では動物愛護の考えが進んでいるので、保護施設やシェルターから動物を引き取ります。
そう、日本のペットショップ文化は、日本の恥です。
わたしの経験を共有させていただくため、過去の経験を思い出して書きます。
わたしが研修医のときに、「地域医療」という研修の名のもとに、地域の動物愛護センターの見学に行ったことがあります。
他の選択肢もあったように思いますが、なんとなく「愛護」という美しいネーミングにつられて、可愛い動物を見ることができると思って選んだのかもしれません。
動物愛護センターの表向きはとても綺麗で楽しげに作られていて、最初は、保護された犬や猫たちが、どんなふうに引き取られていくかを聞きました。
その後、保護されている動物たちを見ました。
わたしが見た場所は、犬が収容されているところでした。
動物愛護センターの、裏の部分です。
そのセンターでは、動物が収容されて3日間経ったのち、殺処分されます。
たった、3日です。
たとえ、道に迷って帰ることができなくなっていた動物だとしても、飼い主からの連絡がなければ4日目には殺されます。
記憶が間違っている可能性もあるのですが、犬が収容されている場所が印象に残っています。
犬の檻がずらっと並んでいる真ん中に、ガラス張りの殺処分する場所が設置されていました。
殺処分する場所はそのときとても広いように感じましたが、おそらく実際は小さいのではないかと思います。
圧倒されてしまって大きく感じたのかもしれません。
表現が難しいのですが、「こんな悲しい場所がこの世に存在するんだ」と感じるような場所でした。
氷のように冷たくて、悲しくて、苦しくて、痛くて、生きるものの苦しみを一気に集めたような、本当に地獄のような場所であったように思います。
殺処分は二酸化炭素ガスで行われるようですが、はっきり言って、それが安楽なわけがありません。
麻酔科医という視点から考えると、殺す側にとって動物が安楽かどうかは問題ではなく、単純に二酸化炭素ガスを用いるのが最も安価なのだと思います。
要は窒息死です。
3日間収容された後、わけもわからないまま殺される順番が来て、想像を絶する苦しみを与えられて殺されます。
端にある檻から順番に出されて殺されていくので、「殺される時期が近づくのが、犬には分かるようで怖がるんです。」と、その時に聞いた気がします。
わたしが見た場所は犬の収容場所だけで、猫の収容場所は見せてもらえなかったように思います。
実際は猫の殺処分は犬よりも遥かに多いので、見せてもらえなかった理由としては、関係者以外に見せられるような場所ではなかったのだろうと思います。
動物好きの方には、ぜひ動物愛護センターの見学をしていただければと思います。
裏側をそこで見ることができます。
日本の動物愛護センターは、「愛護」という美しい言葉を用いていますが、動物を殺す場所です。
行って初めて、“殺す場所”だと知りました。
わたしにとっては10年以上前の経験ですが、あの冷たさを経験しておいて良かったなと思います。
そして、今一度考えていただきたいのが、ペットショップで動物が売られている背後に、繁殖させて利益を得ている人間がいるということです。
真摯に動物に向き合っているブリーダーの方々がいる一方、利益を得るためだけに繁殖させるパピーミルと呼ばれる繁殖業者がいます。
ペットショップで売られている動物は、通常はパピーミルが繁殖させたものです。
パピーミルにおいて、親動物達は、愛情を与えられないのはもちろんのこと、エサもろくに与えられず、不要になったら捨てられます。
生まれてきた赤ちゃんの動物たちも選別され、売り物になる“合格者”がペットショップに並びます。
お金を得るという目的だけのために、たくさんの命がボロボロになっています。
なぜそんなことをするかというと、単純に、“儲かるから”です。
“ペットショップで動物が売れるから”です。
もう一度書きますが、日本のペットショップ文化は、恥ずべき文化です。
日本という国の問題ではありますが、わたしたちひとりひとりが考えて行動することができます。
コーチングとはあまり関係がないように思われますが、今回書いたことは、日常に疑問を持ち抽象度を上げることで初めて見えてくる世界です。
お金を目標とすること
写真はニュージーランドに行ったときにスーパーマーケットで撮ったものです。
水が2本で、NZ$4と、スーパーマーケットなので安いです。
NZ$4は日本円で320円ぐらいです。
値下げされてこの価格です。
日本にいる感覚で見ると高く感じるので、わたしは滞在中一度もペットボトル飲料を買うことはありませんでした。
水もソフトドリンクも、ペットボトル飲料の値段はあまり変わらなくて、だいたい1本600mlぐらいでNZ$4前後です。
それほど大きくないペットボトル飲料が、1本300円以上で売られているのは違和感がありますよね。
ペットボトル飲料が高く設定されている理由はいくつかあるはずで、思いついた2点を挙げてみます。
わたしの考えにすぎませんが、ひとつはニュージーランドが生態系維持にとても厳しい国ですので、飲み物が高いのではなく、ペットボトルのボトルそのものに高い値段を付けているのではないかなと考えています。
もう一つは、ペットボトル飲料の生産ラインが限られているか、何かの理由で生産においてお金がかかるのではないかと推測しています。
では、次の写真を見てみましょう。
チーズ売り場です。
写真はチーズ売り場のほんの一部で、棚一面に本当にいろいろな種類のチーズが売られています。
ニュージーランドには羊がたくさんいて、乳製品は日本によりもはるかに身近なところにあるように感じます。
チーズの値段がペットボトル飲料の値段と、さほど変わりません。
面白いですよね。
ニュージーランドを見るだけでもこんなに日本と物価が違うので、地球全体を考えると、その場所ごとにお金の価値が大きく変動します。
ペットボトル飲料の価値が違うのではなく、それに付けられるお金の価値が違う、それだけです。
この記事でもっとも言いたいことを書きます。
価値の変動するものをゴールにするのはリスキーである。
よってバランスホイールに収入のゴールを設定する場合にも、「お金の価値は変動し、ときに価値はゼロになる」可能性を常に頭に入れておくほうが良い。
そう思います。
お茶会やセミナーで、収入の数値の設定について話すことはありますが、上記のことも話します。
また、収入源を複数持つ方が良い、という文脈をあちらこちらで読むことがありますが、わたしはその必要はないと思います。
職業が複数になるのはwant toで行動した結果の“結果論”であり、「もしものときのために」収入源をいくつか持つ必要はありません。
そもそも、お金の価値がゼロになる可能性がある時点で、収入源を複数持つことは何のリスク分散にもなり得ません。
なにも、問題ありません。
価値の変動するものに、よくわからないまま左右されたり執着する必要はないように感じます。
わたしたちは人間で、生きている時間は限られています。
このことを忘れてはいけないと思います。
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