「ハウルの動く城」
昨日、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」を観ました。
数日前からYouTubeで宮崎駿監督のインタビューを見ており、宮崎駿監督の世界を(再度)みたいと感じ、持っていたDVDを観ました。
新しく感じたことがたくさんありました。
みなさんと同様に、わたしも日々変化しています。
今日のわたしは昨日のわたしとは異なります。
「ハウルの動く城」で新たに感じたこと、スコトーマが外れたことがたくさんあったので、それについて少し書こうと思います。
宮崎駿監督が意図しているところと、わたしが感じたことは違っているかもしれないし、違っていて良いと考えています。
宮崎駿監督の意図は確実に存在します。それと並行して、映画を観るたび、人に「何か」を感じさせることが、宮崎駿監督の意図のような印象も受けます。
昨日観た中で最も印象に残ったシーンのひとつについて書きます。最後のあたりのシーンです。
ソフィーがハウルにカルシファーを戻し、ハウルが目覚めたとき、ハウルは身体の重さをうったえました。
そのときソフィーが「心って重いの」と言っています。
「心って重いの」
そう、心は重いのです。
コーチングでは、脳=心=マインドですが、心を見せろといって脳をみせようと考える人は少ないと思います。
なぜならば、脳は物理空間の存在であり、心とマインドは情報空間の存在なので、脳をみせることは心やマインドをみせることにならないからです。
存在している場所が違います。
かといって、わたしたちの心やマインドは確実にあります。
その存在は物理空間では見えないけれども、確実に「重い」ものです。
まさに、心って重いのです。
非常識になる

最近、「医師免許があるにもかかわらず、転職するなんて、すごいね」という内容のことを、ある友人に言われました。
もちろん、転職しておりません。
医業という職人としての仕事もあるし、コーチとしての活動もあるだけです。
以前、わたしが経営学を学ぶことを母親に伝えたときに、「せっかくお医者さんになったのに何を言っているの」と言われたことを書きましたが、そのとき、「あなたこそ何を言っているんだい」と思いました。
同じ違和感を感じました。
わたしは決して天才ではないし、特殊ではありません。
ただ、日本において常識的な人間ではないかもしれないだけです。
日本人はどうも、仕事は一つ持つ、という「常識」にとらわれています。
その呪いから解き放たれてください。
やりたいことはどんどんやってください。
本気で楽しんでください。
そして一番大事なことは、「誰に何を言われようとも気にしてはいけない」ということです。一切、気にしないでください。
一切、です。
日本で根強く存在しみなさんを束縛している常識や体裁ほど、存在価値のないものはないと思います。
非常識だと言われたら、おおいに喜んでください。
常識から抜け出す人間が増えれば増えるほど、日本の、世界の、宇宙の可能性は大きくなります。
クッキー
スタッフの方が、わたしに会えないからと、他のスタッフに預けてくれていました。
マジックでわたしへのメッセージである笑顔が書いてありました。
よく、「プレゼントは自己満足」と聞くことがありますし、わたしも人にプレゼントするときは自分が喜びをもらうなぁと感じながらプレゼントします。
ですので、あげる側のときは「自己満足」のつもりで、というのは良いのかもしれません。
でも、もらう側としては、いろいろなことを感じるもので、是非いろいろなことを感じていただければいいなと思います。
わたしは形式だけのプレゼントをもらうことはほぼないので、何かいただくと、都度そのことについて考える習慣があります。
「ふとわたしのことがこの方の情報空間に浮かんだのだな」とか、「この方は本当はがんばりすぎて疲れてはいないかな」とか「なにかあったのかな」とか、いろいろなことを考えます。
同時に、普通に嬉しいなと感じます。
伝えたいこととしては、たびたび書いていますが、「意味をよく考える」習慣は大切だということです。
同じような事象でも、必ず特有の意味が含有されていて、以前経験したものと全く違うものであることがほとんどです。
小さなことでもよく考える習慣は大切です。
でも、考えることはエネルギーを使うことなので、ときどき休んでも問題ありません。
続 want to
その中で、わたしはこの一文を書いています。
自分の麻酔科医という仕事について記述している一文です。
「また、表現が難しいですが、私は職人なので、そもそもhave toになり得ないという感じもします。」
この一文の意味について、ずっと考えていました。
コーチングでコーチはクライアントに対し、「have toのことはせずにwant toのことをするように」、とたいてい何度も言います。
にも関わらず、そもそもhave toになり得ないというわたしのこの感覚はなんだろう、とずっと考えていました。
自分にとって、麻酔の仕事は完全にhave toになり得ないです。
しかも、want toかというと、want toという次元でもないです。
この感覚は、わかる方にはわかるのかもしれません。
簡単にいうと、好きでやっている仕事だし、ずっとやっているから好きだし、目の前にやるべきことがあってそれをやっている、という感覚です。
もしかしたら仕事とはそういうものなのかもしれません。
苫米地英人博士の著書の中に、「『仕事が嫌いなのか』『会社が嫌いなのか』をはっきりさせてください。」というフレーズがあります。
これは実はかなり重要なことで、みなさんの中にも、仕事と会社に対する感情をごちゃまぜにしている方がいらっしゃるかもしれません。
でも本当によく考えていただきたいのが、仕事そのものは嫌いではなくて、まわりの人間関係が嫌な場合がとても多いのではないかということです。
「この仕事はwant toではない」と思っているあなたの仕事は、実は、とっても楽しいのかもしれません。
チームのセルフトーク
昨日、「アファメーション」ルー・タイス著のチームのセクションから引用しました。
今日もセクションVから引用すると同時に、「コーポレートコーチング(下)」苫米地英人著から引用します。
「チームやグループはコンフォートゾーンを持っています。グループには有効性の水準があります。グループは怖じ気づきます。グループにはセルフトークがあります。グループは重圧を感じます。グループはポジティブにもネガティブにも反応します。グループは恐れを感じます。」
「アファメーション」ルー・タイス著
「無意識のうちに考え方や人格形成にまで影響を及ぼしてしまうセルフトークですが、組織の場合は『コーポレートトーク』が重要になってきます。」
「コーポレートコーチング(下)」苫米地英人著
わたしが今日注目しているのは、グループやコーポレートなど、組織においてセルフトークが存在するということです。
ここからはわたしの考えていることです。
わたしはいろいろな病院で働かせていただいているので、組織のセルフトークは毎日肌で感じます。
わたした勤務するのは手術室ですが、病院の大小にかかわらず、それぞれのセルフトークがあります。
個人レベルではセルフトークをコントロールすることでセルフイメージを変えることができるのと同様に、組織レベルでもコーポレートトークをコントロールすることで組織のセルフイメージを変えることが可能だと思います。
トップとスタッフ、各部署すべてにおいて、全員がセルフトークを変えることで、組織のセルフイメージは変わると思います。
感じることとして、日本ではなんとなく、変わってはいけないような、目立ってはいけないような風潮があります。
変わらないと成長はあり得ないにもかかわらず、コンフォートゾーンから出ようとしないトップが多い気がします。
トップがコンフォートゾーンから出ようとしないと、成長したいスタッフはその組織を辞める以外に成長できません。
逆に考えると、組織全体で同じゴールに向かってコンフォートゾーンを上げていくことができれば、すべてのスタッフにとって快適な居場所になる可能性があります。
「コーポレートコーチング(下)」をじっくり読みたくて仕方がないので、いまはこのあたりにします。。
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