「時間が足りない」が意味すること
写真はわたしが病院での仕事をする時に使っている、メモ用ノートです。
写真はカバーを付けていますが、カバーを外したものが本棚に数十冊あります。
大学病院にいる頃ノートをつけていると、先輩に「いつ止めるかな~」とからかわれましたが、あれから10年経った今もつけています。
わたしにとって、学び、が楽しいから続いているのだと思います。
(ちなみにノートを落としたことはこれまでありませんが、プライバシーは保護しています。)
先日、知り合いが「仕事が大変すぎて時間が足りない」と何度も言うので、つい「仕事を辞めたらどうですか」と言ってしまいました。
その時はつい言ってしまいましたが、そういうことだと思います。
楽しすぎて時間がもっと欲しいのならまだしも、「仕事が大変すぎて時間が足りない」はhave toで仕事をしているから出てくるフレーズだと感じます。
「わたしは時間が足りないという表現を使わないです」と言ったところ、「じゃあどう表現するんですか」と言われて、しばらく考えました。
しばらく考えても、今のわたしにそれにとって代わる表現・概念がなく、そのまま伝えました。
6~7年前にはわたしもhave toでしなければならないことがあり、そのころは本当に時間が足りなかった気がします。
いろんな人に助けてもらいましたし、効率をいかに良くするかを考えていたように思います。
もうすっかり過去の話で忘れていました。
「仕事が大変で時間が足りない」というフレーズには要注意です。
辞め時、かもしれませんし、もしからしたら視点を変えると同じ仕事がwant toになる可能性もあります。
まずは後者の『視点を変えてみる』ことを試していただけると、面白い発見があるかもしれません。
ドリームキラーは誰か
写真はわたしのシンギングボウルです。
クリスタルボウルもいくつかあり、ともに、瞑想するときや、天然石その他を浄化するときに用います。
内側には梵字と、底に羯磨(かつま、ダブルバジュラ、ヴィシュヴァ・ヴァジュラ)の絵が描かれています。
外側も同じ文字と絵が入っています。
数年前に神社に参拝に行ったときに、たまたま骨董市のようなものをしていて、そこで音を確認して購入しました。
ティンシャも、素晴らしく美しい音のものがあったので一緒に買いました。
羯磨はチベット密教におけるのヴァジュラ(金剛杵)の一つで、ダブルはあまり多くはないですが、シングルのものはたくさん出回っています。
どの法具にも、持ち主との相性があるような気がするので、通信販売では買わない方がいいかなと思います。
今回、「ドリームキラーは誰か」という題名にしました。
もちろん、周囲の人たちは全員ドリームキラーになり得ます。
家族や友人、仕事場の人達、恋人、私たちが接するすべての人です。
それゆえ、ゴールをコーチ以外に話さないということはコーチングの鉄則になっています。
ただ、思うに、ドリームキラーになり易いのは自分自身です。
ヴァジュラを出した理由は、ヴァジュラは、邪気や煩悩を祓うための法具ですが、自分の中のドリームキラーを意識するのに使えるなと、ふと思ったからです。
煩悩は完全に叩き壊してはいけませんが、自分の中にドリームキラーがいるとすれば、出て行っていただく必要があります。
自分の思考を意識に上げて、自分の中のドリームキラーを是非意識してみてください。
臨場感の大切さ
2月にイタリアに行った際、ローマでコロッセオに行きました。
朝早くに行ったので、そう並ばずに入ることができました。
一緒に行った人たちとは別行動で、時間になったら入口で待ち合わせをしました。
上の写真を見ていただいても分かりますが、一部修復されています。
下の写真はどういった構造か分かりますでしょうか。
観光用に修復されて人々がいるところが、いわゆる「闘技場」の高さになります。
その下の部分には、ライオンなど肉食の動物が収容されていた場所になります。
ご存知の方も多いとは思いますが、ここは殺し合いをする場所、もしくは一方的に殺される場所でした。
後々は闘技場として使われたのかもしれませんが、当初は「闘技場」という単語はふさわしくなく、ただただ、人か動物が殺される、それだけの場所だったと感じました。
わたしは全く感動できず、見ている途中で気分が悪くなって、早く出たくて仕方がなかったです。
下の写真は、亡くなった方々(おそらく動物達にも)に対する、石碑と十字架です。
おそらく写真だけではなんとなく綺麗な写真だなと感じたり、調べることでどういった場所だったかは分かると思います。
コロッセオで思ったのは、臨場感や人間の感覚は凄いということです。
今回はネガティブな例を出しましたので、ここから仕切り直します。
コーチングにおいて臨場感はとても大切です。
コーチングでゴールを設定する際、その時の臨場感をいかに感じ取り、見ることができるかがとても重要になります。
もちろんゴールにいる自分が感じている感情は「楽しい、嬉しい、すがすがしい」といったわくわくする感情です。
「楽しい、嬉しい、すがすがしい」といった、過去に自分が感じたとても良い感情を、ゴールにくっつけてしまうわけです。
ゴールにいる自分を考えると、すぐにその感情が湧き出てきます。
ゴールは現状の外なのでクリアに見えません。
ゴールを達成している自分がどんな様子か、バランスホィールから書き出したアファメーションを見ながらゆったりと想像してください。
want toとは
先日イタリアに初めて行ってきました。
ベネチアとローマ、最初にベネチアを訪れました。
ベネチアングラスを制作する職人さん達は、今はほとんどがムラーノ島にいらっしゃいます。
そんな中、ベネチアで制作している素晴らしい作品を制作される方がいらっしゃり、お会いすることができました。
COSTANTINIさんです。
(御本人の許可をいただいて写真を撮らせていただきました。)
青白い火でガラスを溶かしながら、あっという間に鳥の頭の部分を作って見せてくださいました。
鼻歌を歌いながら、とっても楽しそうです。
自然界の生き物をガラスで表現するプロフェッショナルです。
水中の生き物や、鳥や、昆虫など、本物と見紛うほどの作品を制作されています。
わたしは、産んだ卵を温めている鳥の作品を購入しました。
同じデザインの作品がいくつかあって、そのうち3つぐらいは非売品でした。
実際のところ、全作品を見ても非売品の方が多くて、再現できない何かがあるようなお話をされていました。
COSTANTINIさんはイタリア語なのですが、なんだか通じるもので、すごく楽しいひとときでした。
鼻歌を歌いながらガラスを自由自在に曲げていく姿をみて、「これが本物のwant toだな」と感じました。
本当に可愛らしい方で、パッションのお話もされていました。
鼻歌を歌うような気分で、情熱をもってできることが「want to」ですね。
低温やけど②
昨日も同じ題名で書きました。
書き忘れたことがあり、写真は、今日のわたしの使い捨てカイロの写真です。
「低温やけどに気付くには、気付いてどうするか」と、「マインド(考え方)」と関連させてみます。
わたしは使い捨てカイロを丹田あたりに貼っていたので、目に見える場所だったため早く気付くことができました。
わたしは皮膚科医ではないので皮膚科系の診断には慣れていません。
なので、まず皮膚の色が普通ではないことに気付きました。
気付いたときは、皮膚は真っ赤でした。
よく見てよく見て、低温やけどだと判断しました。
じっくり見て判断しました。
マインド、考え方、も同じことが言えると思います。
自分がどういう考え方をしているのか、まず気付く必要があります。
意識に上げて、じっくりじっくり、時間をかけてよく観察する必要があります。
1回や2回でなく、何度も何度も意識に上げて、観察する。
自分にとって、好ましい考え方をしているか、観察します。
人には思考の癖があって、それがポジティブで良いものであればそのままで良いと思います。
ただ、私たちは往々にしてネガティブな考え方をしがちです。
そのように教育されているからです。
警戒しなければならないシチュエーションはもちろんありますが、
そうでないときにネガティブな考え方をしていると、非常にもったいないような気がします。
なので、考え方を意識に上げて、それが不必要なネガティブな考え方であった場合、すぐにポジティブに切り替える練習をしてください。
「あ、わたしらしくない考え方をしてしまっているな」
と、切り替えるだけです。
そしてそれを習慣づけるんです。
最初は慣れないかもしれませんが、低温やけどの皮膚をじっくり見るのと変わりません。
見ないことには始まらない。
きちんと直視しないことには始まらない。
そして、その後は、自由な発想で、楽しくポジティブに考えて下さい。
なにごともまずはトライです。
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