201607.16

電動列車

Post by 中西千華 2016年7月16日

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今日は友人と、友人のお子さんと遊びました。

友人のお子さんはもうすぐ4歳です。

その子が赤ちゃんの時に会ったことはあるのですが、3年ぶりぐらいで、「初めまして!」から始まりました。

ショッピングモールでいっしょにランチを食べて、子供の遊び場で遊んで、アイスクリームを食べて、「列車に乗ろう」という話になりました。

列車といっても電動列車で、ショッピングモールを5~10分で一周してくるものです。

上に載せた写真とは少し違い、もう少し大きく、乗るところは箱型のものがいくつか繋がっており、レールのないものです。

子供用の列車に乗るという経験があまりないので、わたしはためらってしまいました。

5分ぐらいなら木陰で待ってようかなと思いました。

そういう、つまらない大人の考えがよぎりました。

本当につまらない考えだったなと思います。

友人が「チケットがあるから一緒に乗りましょう!」と言ってくれて、一緒に乗りました。

帰ってきて、あのとき一緒に乗って本当に良かった、と心から思います。

もうすぐ4歳というこのタイミングで、一緒に列車に乗らないと、同じタイミングは二度と来ません。

狭い狭い箱の中で膝をくっつけて、電動列車でショッピングモールをまわることができて、楽しかったです。

子供は成長が早いので、時間の一瞬一瞬が宝物で、同じ時は二度と経験できないものが多いです。

大人の論理で子供に向き合うのは完全にやめなければならないな、と思いました。

この子に次会うときはこの子がもう少し成長しているので、その時にも新しいことを一緒にできればいいなと思います。

201607.15

アンカー

Post by 中西千華 2016年7月15日

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昨日、歯医者さんでアンカリングしてもらったので、アンカリング記念にアンカーの記事を書きます。

これはわたし自身のレントゲン写真です。

真ん中にみえる釘のようなものは、矯正歯科で用いるスクリューです。

このスクリューは歯槽(骨)に刺されていて、アンカー=錨として機能します。

スクリューに向かって歯がダイナミックに動きます。

アンカーとトリガーはコーチングではあまり使わない用語ですが、説明します。

アンカーは「錨」であり、心の状態としては「記憶しておく」状態を指します。つまり、いつでも引き出せるように人間の脳内に埋め込んだ「ある心理状態もしくは体感状態」のことをアンカーといいます。

そして、その心理状態を引き出す「引き金」の役割を果たすのがトリガーです。

良い例があまり浮かばないのですが、コーチングと繋がるような例をあげると、「ゴールのイメージ」と「アファメーションを書いた紙」がアンカーとトリガーに近いのかなと思います。

わたしはアファメーションをプリントアウトして冷蔵庫に貼っています。

アファメーションは最初のうちは読みますが、暗記してしまうと文字を読まなくても紙を見た瞬間にイメージがわくようになってきます。

たとえば、このトリガーとして機能している「アファメーションを書いた紙」を、もっと接する頻度の高いものに変えることが可能だと思います。

髪を触る、歯を磨く、顔を洗う、などにより「ゴールのイメージ」がぱっとわくようにすると、アンカーを呼び起こす頻度が高くなりゴールを視覚化する頻度が高くなることになります。

少しわかりにくい説明になってしまいましたが、わかりにくい理由はわたしの理解がまだ未熟だからです。

次にスクリューが入ることがあったときに、「続 アンカー」の記事を書けるよう、理解を深めたいと思います。

201607.15

キーホルダー

Post by 中西千華 2016年7月15日


これは、部屋の鍵をつけていたキーホルダーです。

キーホルダーから鍵が外れなくなり、うんともすんとも言わなくなっていました。

昨日、靴の修理屋さんで大きなペンチを使って壊していただきました。

引っ越しをしたいという気持ちもあり、鍵をキーホルダーから外したいと、心のどこかでずっと思っていて、ついに実現しました。

ペンチで切っていただいた瞬間、かなりすっきりしました。

「鎖からようやく放たれた」という印象です。

みなさんも、心のどこかで引っかかっていることが何かあるかもしれません。

潜在意識にうまくおとしておけば、タイミングよく実現します。

でも、意識でコントロールしてすぐに実現できるならば、行動してください。

いま、鍵には鎖ではなくクマのキーホルダーを付けています。

201607.14

もの食ふ人々

Post by 中西千華 2016年7月14日


東京に上京してから受けたカルチャーショックのひとつについて、考えていました。

東京では、一人で歩きながら、もしくは一人で電車の中で、パンやお菓子を食べている人をよく見かけます。

最初見たときは、かなり驚きました。

わたしにとっては、地方ではあまり見ない光景だと感じました。

先日、朝の比較的混んでいる電車の中で、カバンの中にあるお菓子の袋からゴソゴソとチョコレート菓子を食べている人を見かけました。

朝の7:30に、混んだ電車の中で立ったまま、なぜチョコレート菓子をむさぼる必要があるのか。

これは日本社会の仕掛けた罠が、特に東京において顕著に現れているものと考えています。

食欲は人間の煩悩のひとつであり、なくては生きることができません。

しかし、食欲というのはお腹がすいたら食事をする、それだけです。

東京における食欲の異常な表現のされ方は、わたしにとっては違和感を感じざるを得ません。

では、この罠は何か。

苫米地英人博士も多数の著書で指摘されているように、(他の国に関しては知識がないのでなんとも言えませんが)日本社会は「飢餓への恐怖」を人々にうえつけることで、恐怖をもちいて人々をコントロールしているように見えます。

その表現型として表れているものの一つとして、上記に書いたような異常な食行動があるのだと考えています。

おそらく、駅のホームでパンを食べながら歩いている人たちは、特別なにも考えていません。

食行動がどうのという以前に、「なにも考えていないこと」が大問題だと、わたしは感じます。

201607.14

「ハウルの動く城」

Post by 中西千華 2016年7月14日

昨日、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」を観ました。

数日前からYouTubeで宮崎駿監督のインタビューを見ており、宮崎駿監督の世界を(再度)みたいと感じ、持っていたDVDを観ました。

新しく感じたことがたくさんありました。

みなさんと同様に、わたしも日々変化しています。

今日のわたしは昨日のわたしとは異なります。

「ハウルの動く城」で新たに感じたこと、スコトーマが外れたことがたくさんあったので、それについて少し書こうと思います。

宮崎駿監督が意図しているところと、わたしが感じたことは違っているかもしれないし、違っていて良いと考えています。

宮崎駿監督の意図は確実に存在します。それと並行して、映画を観るたび、人に「何か」を感じさせることが、宮崎駿監督の意図のような印象も受けます。

昨日観た中で最も印象に残ったシーンのひとつについて書きます。最後のあたりのシーンです。

ソフィーがハウルにカルシファーを戻し、ハウルが目覚めたとき、ハウルは身体の重さをうったえました。

そのときソフィーが「心って重いの」と言っています。

「心って重いの」

そう、心は重いのです。

コーチングでは、脳=心=マインドですが、心を見せろといって脳をみせようと考える人は少ないと思います。

なぜならば、脳は物理空間の存在であり、心とマインドは情報空間の存在なので、脳をみせることは心やマインドをみせることにならないからです。

存在している場所が違います。

かといって、わたしたちの心やマインドは確実にあります。

その存在は物理空間では見えないけれども、確実に「重い」ものです。

まさに、心って重いのです。

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