ダブルバインド

苫米地英人博士著の『洗脳論語』より引用します。
「子曰く 、質 、文に勝てば則ち野なり 。文 、質に勝てば則ち史なり 。文質彬彬として 、然る後に君子なり 、と 。 (雍也第六の十八 ) 一般的には 「中身が外見を上回ると野暮になるし 、外見が中身を上回ると気障になってしまう 。中身と外見を器用に調和させている者が 、君子にふさわしい 」という意味で捉えられています 。」
苫米地英人博士が書かれているように、この文章で孔子は、皇帝以外の人間は「野」(能力はあるが学のない民間人)か「史」(学はあるが能力のない官僚)に分けられると言っています。
どちらかを選ばざるを得ないようにして、どちらを選ぶにせよ、結果的に否定して身動きがとれないようにする手法です。
ダブルバインド、といいます。
博士によるとカルトの教義によく使われている手法とのことですが、わたしは一般的にも、ダブルバインドのような話し方をする人を見かけるような気がします。
カルトの場合は、相手を洗脳しやすい状態にしてから行うので洗脳となりますが、わたしたちのふだんの生活においてもダブルバインドは見受けられます。
特に親子関係だとよく起きている可能性があり、幼少時の反論できない時期にダブルバインドを受け続けた子供は、心に深い傷を負います。
わたしたちがダブルバインドを仕掛けられた場合は、結論からいうと、「どちらも選択しなくて良い」です。
また、子供と接する場合は、子供自身が選択肢を見つけられるような、接し方をしたいものだなと感じます。
コンフォートゾーン
今回はコンフォートゾーンについての理解を深めようと思います。
コーチングでは、コンフォートゾーンとは居心地の良い場所を指し、ゾーン(zone)なので幅を持ったものとして認識します。
わたしもみなさんも、それぞれのコンフォートゾーンを持っており、その中で生活しています。
住んでいるところとか、食べているものとか、仕事とか、収入とか、友人関係とか、生活すべて、です。
コーチングでは、現状のコンフォートゾーンを、ゴールのコンフォートゾーンへとずらしていく作業をします。
コーチングを受けたことがある方は、体感として分かるのではないかと思います。
コンフォートゾーンがゴール方向へずれ始めると、それまでの自分のコンフォートゾーンの居心地が悪くなります。
そして、コンフォートゾーンについてさらに説明が必要です。
コンフォートゾーンにいるときは人は最大限能力を発揮することができるということです。
コンフォートゾーンから外れると、緊張したり不安を感じることでIQが下がってしまい、思うように力が発揮できなくなります。
要するに、ゴールのコンフォートゾーンにいる自分を想像しても、緊張や不安を微塵も感じないくらい、臨場感を高める必要があります。
臨場感を高めるツールはアファメーションはじめいろいろあるかと思いますので、みなさんに合ったやり方で楽しんでゴールのコンフォートゾーンを体感してください。
受験勉強の重要性

わたしは佐藤優氏の著書が好きで、読むことがあります。
今読んでいる本『君たちが知っておくべきこと』では、佐藤優氏は灘高校の学生と意見交換しています。
28ページの「受験勉強はなぜ必要か」から引用します。最初の部分は早稲田大学の学生に話しかけている言葉です。
「『皆さんが、なんでこのテストを受けて悲惨な結果になるのか、私には説明できる。まず第一に、皆さんは受験勉強が嫌いだったでしょ。模試でいい成績を取れれば、それなりに愉快だったけれども、受験勉強自体はずっと嫌いだったでしょ。』そう言ったら、みんな認めるんです。それは私もよく分かる。受験勉強を好きな人なんかいない。そこで評価されることに意義を認めていただけなんです。それで『第二に、受験勉強には意味がないと思っているでしょ。意味がなくて嫌いなことは、人間は長期記憶することができないんですよ』と。みんな非常に納得していた。だから、ここで皆さん、認識を改めないといけないのは、受験勉強には意味がある、ということですよ。」
ドキッとする文章です。
受験勉強が意味がなくて嫌いだと思っているから、長期記憶できない。逆に言うと、受験勉強に意味があると認識すると、好きになるし長期記憶できるということです。
これはわたし自身のスコトーマに入りかけていた考え方で、受験勉強は、その認識の仕方で意味が変わるということです。
受験勉強には意味がある、ただし、want toのときに、ということになります。
わたしはこれまでさまざまな試験を受験しましたが、受験勉強そのものに、それほど意味を見出してこなかった気がします。よってわたしは、受験勉強の内容で、長期記憶しているものはそれほど多くないです。
わたしは今いろいろなことを勉強しなおしている最中で、それは一生続きますが、もしみなさんがこれから受験勉強をすることがありましたら、「受験勉強には意味がある」という考え方があることを思い出してください。
共通言語

昨日、ある食事会がありました。
わたしはふだん、基本的にあまりコーチングの話をしません。
このブログを読んでくださっている方なら分かると思いますが、出し惜しみをしているわけではありません。
わたしは基本的に、出し惜しみもしません。出し惜しみをしているうちに人生時間のリミットがくるのを避けるためです。
ふだんコーチングの話をしない理由は、コーチングというものの性質が、みなさんが必要としてくださるときに初めて効果的になるものだからです。
この記事は、みなさんがコーチングに興味を持った時に読んでくだされば嬉しいなと思って書いています。
昨日の食事会の話に戻ります。
食事会が終わるころまでコーチングの話を一切していなかったのですが、ふいに一緒に食事をしている方が、アメリカの大学でコーチングの授業を受けたことがあるというお話が出ました。
御縁というのは不思議なもので、わたしはとても嬉しかったです。
その方から発せられる単語も理解できましたし、わたしの話も理解してくださり、使っている言語は日本語ですが、その上で日本とアメリカの共通言語で話しているような不思議な感覚でした。
3人で食事をしていたのですが、3人でコーチングに関する話をできたことは、わたしにとってなんとも感慨深い食事会になりました。
日本ではコーチングの浸透はまだまだこれからです。
これからの、Coaching of Japanの可能性に対する期待で、わたしはワクワクしています。
日本は世界へ、必ず何かを発信します。
立体視

最近、さまざまなものや、世界全体を立体的に見たいという思いがあります。
立体的に、というのは物理的な3次元的にという意味ではなく、情報空間も含むさまざまな情報を一気に見たいという意味です。
そのためには共感覚を使ったほうが抽象度の高いところから世界を見ることができると考えています。
そして、共感覚はトレーニングである程度身に付きます。
自分でなんとなくトレーニングしていましたが、嗅覚と味覚(これらはつながりのある感覚ですね)がわたしは得意であることに気付きました。
わたしが確実に感じている匂いや味わいがあって、わたしはそれを確信しているのに、他の人が感じていないことがたびたびあることに気付き始めました。
もともと共感覚があって気付き始めたのか、共感覚がなんとなく身に付き始めたのか、わからないです。
なんにせよ、意識に上がったことは良いことで、次は主に触覚で感じるトレーニングをしていこうかなと思います。
共感覚はトレーニングで身に付き、しかも抽象度が上がるので、みなさんも是非練習してみてください。
視覚から入ったものを触覚に変えてみたり、聴覚から入ったものを視覚に変えてみたり、なんでも構いません。
今見えている3次元の世界が、さらに立体的に見えてくると思います。
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