猫のコンフォートゾーン
私の飼い猫は、ときどき玄関のドアから外に出たがります。
そういうとき、低層ではないので危険なため、抱いて外を見せるようにしています。
先日、いつものように出ようとしたので、抱き上げずにしばらくそのままにして見ていました。
どんな反応をするのだろうと思っていたところ、少しパニックになったようで、大きな声を出して外廊下を全速力で走りました。
ふだんはほとんど声を出さない猫です。
鳴くときは私とコミュニケーションを取ろうとするときぐらいです。
私はあわてて猫を抱き上げました。
今日は、コンフォートゾーンについて考えます。
コンフォートゾーンというのは、その生き物が快適な状態や範囲などを指します。
人間を例にとると、住む場所だけでなく、食べるものや仕事、付き合う人たちなど、すべてにコンフォートゾーンが存在します。
この猫にとって、玄関のドアから外においては、私の手から離れるとコンフォートゾーンではなくなったと言えます。
玄関のドアから外では、私に抱き上げられていなければ、異常事態だということです。
コンフォートゾーンから外れたので、わけが分からなくなり、パニックになりました。
逆に、野良猫が部屋の中に閉じ込められるとパニック状態になるのだろうなと思いました。
それぐらい、生き物にとってコンフォートゾーンというのは強い力を持っています。
コンフォートゾーンから外れると、必死で戻ろうとします。
ところで人間は、猫とは違うので、コンフォートゾーンを変えることができます。
自分でコンフォートゾーンを設定し、そちらに移行することができます。
‟まさにゴールにいる自分”を、強く、強く、イメージして、コンフォートゾーンを高いところまで広げましょう。
機を制する

あらゆるものごとには「機」があります。
例えば、わたしの場合であれば、手術中に患者さんの血圧が下がった場合に、「機」を考える暇もなくできるだけ早く血圧を上げる薬剤を投与します。
この場合の「機」は「今すぐに」ということになります。
また、手術が終わって患者さんが目を覚ましつつあるとき、声をかける「機」があります。
要するに、徐々に目が覚めてきて、起きるのは今だ、というタイミングがあります。
この場合の「機」は「患者さんが起きるとき」です。
これに関してはトレーニングが必要で、皆さんも皆さんの専門分野において、思い当ることがあるかと思います。
後者の、トレーニングが必要な「機」、をとらえるには、観察をとことんすることが要になります。
観察は目による観察だけでなく、全身で「機」をとらえます。
視覚、聴覚、嗅覚といったものだけでなく、肌で「機」を感じることが可能です。
「機」の「気」を感じる、という言い方が良いでしょうか。
毎日の出来事を、静かに、注意深く、観察してください。
どのようにして物事が起きているか、人の感情が動いているか、自分の感情が動いているか。
「観る」ことは人生でとても大切なことです。
「あなたは誰を置いていきますか?」
ルー・タイス著「アファメーション」より引用。
私にとって、とても印象深いページです。
「自分自身が著しい成長を遂げると、それと比較して、自分の知り合いや愛する人の多くが眠っているような状態にあることがわかります。(中略)
でも、他人のために立ち止まることがあってはいけません。愛情を持って彼らに協力を求め、自分の属する地域社会なり環境なりを変えてもらうようにしてみてください。こうした厳しい態度が成熟した愛情であり、効果的なリーダーシップです。(中略)
私たちは彼らと一緒に続けるか、あるいは彼らなしで続けるかを決断しなければなりません。(中略)
では、誰をどのようにして一緒に連れていきますか?人々を置いて行くことをいとわないほど、あなたにとって価値あるものとは何でしょう?あなたは誰を置いていきますか?」
この、リーダーシップの章の意味するところは、他の章にも増して深く心に残りました。
愛する人達を、彼らのため自分のために置いていかねばならない可能性があるということです。
私は、可能であれば、大切な人たちを全員一緒に連れて行きたい。
だけれども、決断しなければならないときが来ます。
「なんだか変」を感じる

患者さんが全身麻酔の手術を受けるためには、点滴が必要となります。
病院によって、また、手術の時間帯によって、点滴が入った状態で手術室に入室される場合と、点滴を手術室でとる場合があります。
先日、点滴が入った状態で入室された患者さんに、全身麻酔のための薬剤を2cc、点滴の側菅から投与しました。
薬剤を投与するとき、血管の痛みを感じることがあります。
考えられることとして、投与速度が速いために感じる痛み、薬剤による痛み、点滴が漏れていることによる痛み、などが考えられます。
このとき2cc入れて、痛がるタイミングや痛がり方に「なんだか変」と感じました。
点滴が入っている腕を見ても、点滴が漏れている兆候ははっきりとは分かりませんでした。
ただ、自分が「なんだか変」と違和感を感じた以上、何かあります。
それ以上の薬剤の投与はやめ、点滴をとりなおしました。
結果としては、おそらく漏れていました。
自分がとった点滴であれば確実性は自分の感覚で分かりますが、自分がとったものでなければ、患者さんをよくよく観察しないと分かりません。
「なんだか変」と感覚で捉える感性を養ってください。
そのためには、あらゆる事象やモノを深く観察する習慣をつけることが必要です。
よくよく観察して、あなたの全身を用いて、”本質”を見てください。
愛のバトン

昨日今日と、コーチングの創始者、ルータイス氏のお話を聞きに行ってまいりました。
ルータイス氏は2012年4月に亡くなられており、映像のルータイス氏です。
映像が上映され始めた時、「やっとお会いできた」と感じました。
情熱の塊、エネルギーの塊のようなものが、がんがんと私にぶつかってきました。
ルータイス氏から感じたもの、自分から湧き出た感情は、うまく表現できる言葉がみつかりません。
「アファメーション」ルータイス著 より引用します。
「私は“バトンを渡す”ためにこの本を書いています。
あなたにバトンを渡し、あなたの脚で愛のためにレースを走ってほしいと願っています―」
私は、バトンを渡された一人となります。
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