201607.24

コーチ養成講座修了

Post by 中西千華 2016年7月24日

f5c53f383a3bee3c1cd5e696109e3968_m

わたしには感謝すべき人々がたくさんいて、感謝の気持ちは言葉で表現すべきだと思ったので記事にします。

昨日、苫米地式コーチング認定コーチ養成講座を修了しました。

最近、自分で感じていることや経験していることを言語化することが、ときどき難しいです。言葉を発して誰かに伝えるという以前に、セルフトークの時点で言語化が難しいときがあります。

それが言語という「モノ」の限界だと思います。

ただ、言語は、わたしたち人間がコミュニケーションをする際に必須のツールで、考えて大切に使う必要のあるものだと考えています。

言葉は、非常に大切です。

昨日は修了式で、言語化が非常に難しいと感じながら、わたしが感じてるものを教室内にいらっしゃる方々に伝えることをトライしました。人前で話すのが特別苦手なわけではないのですが、あれほど伝えることが難しいと感じたのは、初めてであるような気がします。

また、他の方々から発せられている言葉から、言外のものを感じ、深く感銘を受けました。

あまり長い文章にするとその言葉に限定されていしまうので、シンプルに書きます。

一緒に学んだ皆さま、ありがとうございます。

授業のお手伝いをしてくださっていたお二方、ありがとうございます。

田島コーチ、ありがとうございます。

皆さま、ありがとうと同時に、これからもどうぞよろしくお願いします。

201607.22

続 先生、とは

Post by 中西千華 2016年7月22日

「先生」について続きを書きます。

うっかり忘れそうになりましたが、わたしは医師として働いているときは職場で「中西先生」と呼ばれることが多いです。

日本の医学教育は不思議で、大学を卒業して研修医になると同時に、「先生」と呼ばれます。

もっというと、医学部の学生、5年か6年あたりで臨床の見学をする期間があるのですが、この時点で「先生」と呼ばれます。まだ医師免許もない、ただの学生です。

研修医になって「先生」と呼ばれ始めたころは、自分は医師になったのだな、と思った記憶はありますが、なかなか違和感がありました。

医師になって4年目ぐらいの時、「先生と呼ばないでほしい」と、ある看護師に本気でお願いしたことがありますが、「だったら何て呼べばいいのよ!」と本気で怒られた記憶があります。

ため口で怒れるぐらいの仲ですから、名前でいいし、ニックネームでもいいし、なんでもいいわけです。

そもそもある限られた職種に対して差別用語を使う必要はないはずです。

わたしは医師に対して、「日本における礼儀」として「先生」と呼びますが、自分の中では礼儀正しい(とされる)ニックネームのように考えています。

自分がもし、完全に儒教文化にどっぷり浸かっていたら、わたしはここでこの記事を書いていないのだろうな、と思います。

201607.22

先生、とは

Post by 中西千華 2016年7月22日

0db048322406acb3c631aeeed97e7002_m

「先生」という言葉の危険性について、確認したいと思います。

日本では、さまざまな教師、政治家、医師、弁護士、作家などに対して 「先生」と呼ぶのが常識的かつ礼儀正しいこととして教えられています。

なんの疑問を持つことなく、「先生」という言葉を使っていると思います。

苫米地英人博士の著書の中にも書かれていますが、「先生」は儒教からきている、差別を生み出す言葉です。

わたし自身、中学生のときに、「先生、は先に生まれると書き、先に生まれた人を敬うように」と「先生」から学んだ気がします。

ここで、疑問を抱いていただきたいです。

…それは、本当なのか?

…先に生まれたから、敬うのか?

…「先生」はなぜ偉いのか?

…本当に偉いのか?

わたしは、違うと思います。

わたしは人間は平等に尊いと思います。

「先生」という、汎用性の高い差別を生む単語は、欧米には存在しないような気がします。

みなさんによく考えていただければと思います。

201607.21

ゴールの向こう

Post by 中西千華 2016年7月21日

image

今回は、ゴール設定における大切な考え方を書きたいと思います。

ゴールを考える際に重要なのは、設定したゴールの向こう側を「意識」することだと、わたしは考えています。

ゴールを達成したときに、どんな光景が見えて、次なるゴールがどのように見えるだろうかと「意識」することです。

ゴールの向こう側はもちろん見えなくても良くて、意識しておくことが大切です。

わたしは、どんなに抽象度の高いゴールであっても、その向こう側が必ずあると考えています。

情報空間には限界がなく、わたしたちには死ぬまで無限大の可能性があることを、是非おぼえておいてください。

201607.21

臨場感

Post by 中西千華 2016年7月21日

今日は携帯の目覚まし音で起きることができず、起きるのが少し遅くなりました。

昨日の夜に、海外TVドラマを観たことや、夜食を食べたことを思い出しました。

観ていた海外TVドラマを紹介すると、「グレイズ・アナトミー」です。

ここ数年観るのをやめており、久しぶりに続きを観ました。

ストーリーの途中で、医師達がのったチャーター機の飛行機事故が起きます。

その事故の臨場感が非常に強く、ドラマだとわかっているのに、なんだか観れなくなってしまい、観るのをやめていました。

好きな医師達が数人、ストーリー上で亡くなったのです。

その役者さん達が出ている他の映画を観ればいいのではないかとも考えつきますが、なんだか、それではダメで、不思議なものだなと思います。

それだけ、「グレイズ・アナトミー」が創り出した臨場感空間が、わたしにとって強かったのだと感じます。

ヒューマンドラマだけでなく、手術の描出の仕方や、医師達の判断の仕方に違和感がほぼなく、面白いドラマです。

久しぶりに観て、ここから観ていないと思ったvolは、確実に3回ぐらい観ているシーンで、記憶はあてにならないなと感じながら観ていました。

今日も、観ようと思います。

reader読者登録

ブログ購読をご希望の方はこちらからご登録ください。

Subscribe2