201607.29

モーツァルトクーゲル

Post by 中西千華 2016年7月29日

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先輩医師から、モーツァルトクーゲルという名前のお菓子をいただきました。

モーツァルトを見ただけでなんだかとても嬉しくて、その場で写真を撮りました。

どう考えても美味しそうなので、まだ開けていません。

登録商標記号、®がついていたので、不思議に思い調べてみました。

モーツアルトクーゲルはチョコレート菓子の名前で、一番最初は1890年にオーストリアのパウル・ヒュルストという方が作ったようです。

ヒュルストは商標権などの権利を持っていなかったため、模倣品を販売している企業と法廷で争いがあったようです。

結果として「モーツアルトクーゲル」の名前を使わないことで争いが終了しているようです。つまり、少しだけ名称を変えたモーツアルトクーゲルが各社から出ています。

これらの争いは権利についての争いであり、レシピについては争われていません。

一方で、オリジナルレシピを守って作っている製造企業もあり、手作業でモーツアルトクーゲルを作っているようです。

つまり、権利争いをしている大企業もあれば、その一方でオリジナルレシピを守ることに集中している中小企業もあるということになります。

何を目的、ゴールとするかで、方法が異なってくる良い例であるような印象を受けました。

権利争いが良くないとか、そういったことではなく、ただ単にゴールの違いです。

わたしは、基本的にあらゆる企業は利益を出さねばならないと思います。

企業は利益を出すことを前提として、何をゴールとするのか、それによってすべきことが変わってくるのだと考えます。

わたしたちの人生についても同じで、自分自身が何をゴールとして設定するか、それに尽きます。

もちろん、自分自身の変化に応じてどんどんゴールの更新をしてください。

201607.28

ホメオスタシスの同調

Post by 中西千華 2016年7月28日

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医師が自らの専門分野である疾患に、皮肉にも罹患する話を聞いたことが、何回かあります。

特別なことを考えなくても、確率論的に、十分起こりうることです。

今日考えていたのは、確率論で起きうる以上に、何かあるのではないかということです。

今日は苫米地英人博士の「洗脳護身術」を読んでいました。

その中の一文に、「ホメオスタシスが同調していれば、相手の病が自分に移行してくるのが普通だ。」というものがあります。

日本では医師はある専門分野をもっています。開業医の医師はさまざまな病気に対応しますが、通常はもともとの専門分野をお持ちです。

ある専門分野をもつということは、ある分野の疾患をもつ患者さんに毎日接することです。

患者さんと医師の間には、通常ラポールが築かれ、信頼関係ができます。

それが強い信頼関係で毎日のように接している場合、同調という現象が起こりうると考えます。

同調とは、例えば、女性二人が長い時間一緒にいると、整理周期が同じになってきます。

これはわたしも経験したことがありますし、女性の方は経験されたことがあるかもしれません。

その他、一緒に暮らしていると、心拍数や呼吸回数なども近いものになる、と書かれており、こういった現象を同調と呼びます。

患者さんと医師の間が密に接することで同調が起きた場合、疾患の情報が医師の情報空間へと流れてくる可能性があると考えます。

もしかしたら良い医師であればあるほど、同調することが多くなり、情報が流れこむ可能性が高まるかもしれません。

その結果として、自らの専門分野の疾患に罹患する、ということが起きるのかなと考えていました。

あまりコーチングとは関係のない話になってしまいましたが、ホメオスタシス(恒常性維持機能)という単語は、コーチングでよく用いる言葉です。

ホメオスタシスが如何に強力な力を持っているか、少しお伝えできるかなと思いました。

201607.28

反論する力

Post by 中西千華 2016年7月28日

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今日は休憩時間にニュースを使って反論のトレーニングをしようと思い、テレビのあるところで一休みしようと思いました。

数年前からお世話になっている病院で一人で休憩しても良いよと言ってもらっている部屋があり、そこにはテレビがないと思い、スタッフの方々が使うスペースに行こうと考えました。

よく考えると、いつも休憩に使わせてもらっている部屋にテレビはありました。

むしろソファとテレビのみがある部屋で、テレビを付けたことがなかったので、すっかりオブジェのような認識をしてしまっていました。

これもスコトーマ(心理的盲点)の例ですね。

休憩時間中は、相模原の事件に対してコメンテーターの方々から発せられるコメントに、心の中で反論していました。

「反論」の意味をはき違えられると困るので言いますが、事件を起こした人物を擁護しようがないです。

ここでわたしは事件について意見をなにもいいませんが、思ったことはたくさんあります。

大事なのは、いろいろなニュースをひとつひとつ、いちいち、吟味できる力です。

これを読んでくださっている方々には、テレビをなんとなくつけっぱなしにする方はいないと思いますが、メディアから発せられる考えや情報を、いったん反論する習慣をつけると良いと思います。

201607.27

「ハウルの動く城」パート3-戦争

Post by 中西千華 2016年7月27日

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先日、宮崎駿監督「ハウルの動く城」において、ハウルがその場面ごとに違って見えることについて書きました。
「ハウルの動く城」の原作は、Diana Wynne Jonesによる「Howl’s Moving Castle」です。
そして「ハウルの動く城」では、原作にはない、戦争のシーンが付け加わっています。

宮崎駿監督はなぜ、戦争のシーンを描く必要があったのか?

この意味は「ハウルの動く城」の中でも非常に深いところにあるように思います。

戦争のシーンをもって、宮崎駿監督はわたしたちに何を伝えようとしているのか?

しかも、おそらく子供たちに何かを伝えるために、戦争のシーンをあえて付け加えています。

戦争を全く経験していない子供たちに対して、です。

わたしも戦争を直接的には知らない世代に入ります。

なぜか?

「戦争の残虐さを伝えたいから」それだけではない気がします。

過去の戦争について考えるべきなのか、現在起きている戦争や争いについて考えるべきなのか、未来に起きる可能性のある戦争について考えるべきなのか。

すべてについて考えざるを得ないような描き方をしているような印象を受けます。

過去の日本に焦点を合わせると、戦前の日本、戦時中の日本、戦後の日本、これを正視するように言われているようにも感じます。

ひとつ言えることは、戦争が起きれば、100%人間が死にます。

「ハウルの動く城」を観る機会がありましたら、みなさんそれぞれに、じっくり考えていただければと思います。

ひとつ、思い出したことがあるので追記します。

20数年前に、今は亡きわたしの祖父に、戦争で経験したことを書いた原稿を渡されました。

何部か冊子にしてほしいと言われ、何部かコピーをして、田舎の文房具屋さんで手に入る材料で、冊子にした記憶があります。

当時のわたしは、ほとんど何も理解していませんでした。

今手元になく、以前実家に確認したときにもすぐには見つからないと言われました。

内容は一部覚えていますが、とてもじゃないですが、ここには書けないような悲惨な描写がされていました。

本当に、ここには書けないです。

わたしの祖父の身体には2か所、撃たれた銃弾の跡がありました。

医師の視点から見ると、たまたま致命的ではないところに当たっています。致命的ではないにしろ、誰かに撃たれたことは確かで(おそらく祖父も誰かを撃ち)、出血し痛みに苦しんだであろうことも確かです。

いま心から、祖父の書いたその文章を読みたいと感じています。

彼が何を残そうとしたのか、知りたいです。

201607.27

意識に上げる

Post by 中西千華 2016年7月27日

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今日は、「意識に上げる」意味について考えています。

様々なことを「意識に上げる」トレーニングについては苫米地英人博士の著書にも書かれています。

また、おそらく、私を含め苫米地式認定コーチが日々実践していることでもあります。

例えば、目の前にあるペットボトルについて考える。

苫米地英人博士の著書にも書かれていますが、「縁起瞑想」といいますね。

目の前にあるモノの縁起をどんどん考えていく。

ペットボトルの素材や、製造過程や、廃棄後の流れや、歴史、またはペットボトルの中身について考えても良いかと思います。
こういった、「意識に上げる」ことは何の作業をしているかというと、モノを物理空間の存在から情報空間への存在へと広げる作業だと考えます。
情報空間への存在へと少し広げ、そしてさらにその先に広がっている縁起の世界を考える、そういった作業をしていることになります。
そうしたらここで、縁起瞑想は何のためにするのか?というところへとたどり着きます。
よく言われるのが「抽象度を上げるため」ですよね。
では、なぜ抽象度を上げる必要があるでしょうか?
「エフィカシーを上げるため」という答えでは少し足りないような気がします。
わたしにはわたしなりの答えが、現時点での答えですが出ました。
みなさんも、ぜひ考えてみてください。

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