『まほうの質問』
公益財団法人五井平和財団の「国際ユース作文コンテスト」から、受賞作品を紹介したいと思います。
今回は、2016年「より良い未来をつくるための教育」というテーマで書かれた文章です。
わたしも子供のとき、母親に質問し続けたのを思い出しました。
9歳の子に、「わたしに続いて!」と言われているような気がします。
『まほうの質問』(原文は英語)
アンゲル・マリア(9歳) ルーマニア・ブカレスト市
私たちは子どもでとても小さかったので、まわりを見回してよく同じ質問をしました。「なぜ?」と。私たちがとにかく質問さえすれば、ふしぎなことにまほうがかかって、よくわかる正しい答えが返ってきました。最初は両親から、その後は先生から。そうやって私たちの問題や疑問は解決されてきました。
私の国ルーマニアでは、子どもはほとんどの時間を学校で過ごし、教養のある人間になるために知らなければならないことを学びます。教養のある人たちは親切で思いやりがあり、他の人のために働きます。
残念なことに、私はテレビのニュースで、十分な食べ物がなく、戦地やひどく汚れた場所でくらしている子どもたちを見たことがあります。母親は子どもを腕にしっかりと抱いて一緒に泣いていて、父親は銃を抱えていました。その子どもたちのためになる物は何もないように見えました。彼らは学校にも行くことができないと思います。
そこで私はまた同じ質問をしてみました。でも、今回はまほうのような答えは返ってきませんでした。悲しみでいっぱいの答えばかりだったのです。「地理的に不利な場所だから」「資源のために戦っているから」「宗教の対立があるから」と、どれも私には理解できない答えでした。さらにもっと驚いたのは、すべての答えに、「どの問題にも解決の方法がない」という言葉が入っていたことです。なぜだかわかりませんでしたが、一つだけはっきりわかったのは、まほうの質問が突然、その力をなくしてしまったということです。
何かをしなければ! 私たち、こんなことを放っておいてはいけないわ!
たくさん考えて、私は子どもたちを助ける方法を見つけました。友達みんなに協力してもらってチームを作り、地球に住むすべての生きものにとってよりよい場所へと、地球を変える計画を始めたのです。私たち一人一人が仲間や友だちをたくさん集めて、みんな一緒になって環境を守り、公害を減らし、天然資源をリサイクルし、むだづかいをしないようにします。そうすれば、私たちのような環境にいる人間が、不利な場所の人たちのために資源をとっておくことができます。
でも、戦争をやめさせるためには、もっと助けが必要でした。両親と話して、人間と思いやりのあるりっぱな行動は強くつながっていて、このつながりが愛や友情、そしておたがいを理解することだと知りました。悲しいことに、この考えを世界中の人と分かち合うのはむずかしいです。ここでまた、まほうの質問「なぜ?」をしてみると、解決の方法が返ってきました。「自分と自分のまわりの人たちをよくすること。そのためには強い意志を持って一生けん命にやらなければならないけど、やがては世界中に広がって、他のことも変えられるようになる」。
今、私はやらなければならないことがわかっています! そして、それを達成するには学校が重要な役割を果たすと思います。
私たちは新しい情報を見つけたり、新しい技術を身につけたり、新しいことを理解するのに、すでに本やコンピューターを使っています。
社会見学をすれば、いろいろな物に対する知識や理解が深まり、勉強のテーマが身近に感じられると思います。また、グループやチームごとにまとまって勉強をすれば、考えを伝え合うことが上手くなって、他の人の意見をおたがい理解したり受け入れたりできるようになると思います。授業には宗教も入れるべきです。世界の主な宗教をすべて解説し、その違いや似ている点を教えるべきです。そうすれば私たちはもっとおたがいを理解できるようになるでしょう。
健康に対する教育もとても大切です。子どもは健康的な食事をとる方法や、応急手当の方法、また人や動物を傷つけてはいけない、助けなければならないということを知っておかなくてはなりません。
心も体も一緒に成長させるために、体育の授業には合気道を入れるといいと思います。合気道は相手を傷つけない日本の護身術で、心と体のバランスを整えてくれます。
また、芸術も子どもがおたがいを理解するのに役立ち、世界の新しい見方を教えてくれると思います。
この計画は私たちみんなにとって本当に大きな挑戦ですが、私たちの後に続く人が世界中でどんどん増えていくと思います。
大きくなってどんなことも最高にうまくできるようになっても、自分自身に「なぜ?」と質問し続けることはとても大切だと思います。答えを探し続けることだけでも、もっとよい人間になれるからです。

コーチングを受けない選択-クライアントさまからの感想
『コーチングを受けない選択』
読ませていただきました。
“中西コーチとの出会い”
感謝の日々です。
一瞬一瞬の自分の考えを意識して過ごしています。
「幸せ」の定義を考えます。
「幸せ」とは
自分の知識
それによる感じ方
時間の経過によって
変化していくものだと感じています。
中西コーチとの出会いと
コーチングを受けたことによって
「幸せ」を日々感じるようになったように思います。
わたしは
コーチングを受けることによって
「自分の幸せ」について
大袈裟かもしれませんが
「生きている」ことについて
考え
感じて
生きていくことができるように
なったと
思っています。
いろんな考えの人がいますが
わたしは
中西コーチとの出会いと
コーチングによって
やっと
これから
自分の人生を生きていくような
感覚で
過ごしています。

コーチングを受けない選択

みなさんにとって幸せって、なんでしょう。
わたしにとっての幸せはいたってシンプルで、「たった今幸せであること」です。
高級な洋服やバッグを買うことでもないし、高くて美味しいものを食べに行くことでもありません。
今のわたしの場合、です。
人それぞれ、いろいろな幸せがあって、すべて“幸せ”なのだと思います。
幸せを感じるならば、何でも良いと思います。
何でも良いという観点から考えると、コーチングを受けても受けなくてもどちらでも良いと思います。
コーチングを受けずにいるにせよ、コーチングによって未来へ向かうにせよ、その人が幸せであれば全てOKです。
早朝から神社

今日は暑くて目が覚め、朝からいくつかの神社に行ってきました。
わたしは3日に1回はどこかの神社に立ち寄っていることが多く、1週間どこにも参拝しないとやや落ち着かないです。
信仰心が強いとか、御朱印を集めているわけでもありません。
ただ、参拝しているだけです。
最近はジャケットを着ない日もありますが、ジャケットのポケットには参拝で使う小銭が入っていることが多いです。
今日は、こちらの七福神のお一方が気になって、しゃがんでじっくり見ていました。
「なんと。こんなに爆笑していたのか。」と、キュートすぎる姿に嬉しくなりました。
大きく口を開けて、歯を見せて笑っています。
微笑みというよりも、爆笑です。
何回か来ているのに、初めて発見するものがあるのは、人生でも同じですね。
神社それぞれ、場所の雰囲気は異なり、パワースポットと呼ばれているところもあります。
そしてみなさん御存知のとおり、神社には鏡が神の依代として祀られています。
わたしは神社の鏡を見ながら、いつも少しの時間考え事をしています。
なので時間をとるので、手を合わせる時はいつも真ん中には立たずに端っこで手を合わせます。
なんとなくわたしは、“自分自身の本質”と向き合うために、神社に行っている気がします。
そこに神様が祀られているのはもちろんなのですが、さらにその中に、自分自身を感じます。
今日、爆笑している七福神のお一方に立ち止まったのも、何か理由があるのかもしれません。
食事は命をいただくこと

わたしは料理がそれほど得意ではありませんが、たまに野菜のセットを送ってもらいます。
野菜は東京でも買うことができます。
でも、その野菜が穫れる場所から直接送ってもらう方が、野菜たちのパワーがほとんど落ちていないように感じます。
その地域の旬の野菜を入れてくれているので、こちらの料理の技量に関係なく、いろいろな野菜が入っています。
今日は写真にあるふきと里芋を、煮物にさせていただきました。

わたしがスーパーに行って、ふきと里芋をチョイスすることはあまりありません。
好き嫌いはないのですが、ついつい下準備がほとんど必要ない野菜を買うことが多いです。
ふきは塩で板ずりをして、ゆでた後、水にさらしてから皮をむきます。
里芋は洗ってから皮をむくのですが、むき方にこつがあります。
淡々と下ごしらえをするのですが、下ごしらえの一番のポイントは感謝しながら野菜に向き合うことだと感じました。
最初はなかなか上手にできなかったのですが、感謝しはじめると、なんとなく上手くできるような気がしました。
「わたしたちは野菜の命をいただいているのだなぁ」と改めて感じながら、いま、お鍋で煮ています。
命に対する、礼儀ですね。
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