201606.30

糖の燃焼?

Post by 中西千華 2016年6月30日

電車に乗っていて、血糖値作用するらしいサプリメントの広告を眺めていました。

一医師の単純な考えで、「血糖値の上下動をサプリメントでいじらないでほしいなぁ」となんとなく思いながら見ていました。

ご存知の方も多いかと思いますが、高血糖も危険ですが、低血糖も危険だからです。

広告に「糖の燃焼を促してエネルギーにする」ようなことを書いており、これに対しては医師は違和感をもつのではないかなと思います。

糖は促さなくても、嫌でもエネルギーとして使われます。

わたしたちの活動にはエネルギーが絶対に必要で、エネルギー源のファーストチョイスは糖です。

糖からエネルギーがとれなくなると、身体は脂肪を使い始めます。

このサプリメントに実際にどんな効果があるのか体験談を見てみようと気になって、サイトをみてみました。

血糖値や、糖尿病の際に指標とするHbA1cに関する感想はありませんでした。

おそらく載せてはいけないのだと思いました。

体調が良くなった、朝起きれるようになった、元気になった、等々の感想のみでした。

まるで糖尿病の薬かのような印象を与えかねない広告は過度です。

ちなみにそのサイトでは採血のキットも販売されており、7,000円台で売られていました。

最近は町中でも、小さなブースで採血をしてくれるところがありますね。

病院での採血ですと、採血のみの自己負担額は数百円かなと思います。

サプリメントの話はここまでにして、コーチングと関連して考えたことを書きます。

血糖値は、医師のもとで介入すべきで、そうしないと危険だと思われます。

コーチングにおいて、コーチであっても介入してはいけない、もしくは働きかけをしてはいけないことは何だろう、と考えていました。

それは、クライアントのゴールです。

クライアントのゴールは、コーチは設定しません。

コーチは、クライアント自身に自らゴール設定をしてもらい、ゴールに向かっていく経過の手助けをします。

201606.29

通行量調査

Post by 中西千華 2016年6月29日

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今日は最寄り駅で歩行者通行量調査をしていました。

おそらく商工会議所が行っているものだと思います。

最寄り駅には改札が2か所あり、それぞれの改札の前に3人、わたしが帰る方向の階段近くには、さらに4人の方がいらっしゃいました。

人通りの多い改札では椅子が置けないようで、立ったままでカウントしていました。

調査をされている方々は、20歳ぐらいの男性から、40代ぐらいの女性、50代ぐらいの男性、さまざまな方がいらっしゃるように見えました。

そして、それぞれの方がカウンター(数取器)を16個持っていました。

わたしは学生の頃にいろいろなアルバイトをしたことがありますが、歩行通行量調査をしたことはありません。

交通量調査はしたことがあるので、交通量調査のカウントの仕方についてはだいたい分かります。

分からないことには興味が出るもので、16個の内訳が非常に気になりました。

直接聞くわけにはいかず、考えていました。

性別(男性、女性)、年代(0~9歳、10代、20代、30代、40代、50代、60代、70代以上)、これで2×8=16パターンあります。

でも、その駅はときどき自転車をおして通る人もいるので、自転車のカウントはどうしているのだろうか、などと考えていました。

朝7:30ぐらいに通った時はすでに通行量調査を始めており、夕方18:00ぐらいに通った時もカウントしていました。

ということは、予想としてはおそらく7:00~19:00の12時間の勤務かなと思います。

そしてさらに観察しながら考えたのは、カウントしている人たちは性別と年代を瞬時に判断してカウントしています。

性別・年代が分かりにくかったり、曖昧な場合は、おそらく可能性の高いと思われる方にカウントしているはずです。

二つ感じたことがあります。

一つは、その「曖昧さ」を瞬時に処理する能力というのは、人間はすごく高いのだろうと思います。

コンピューターが処理する場合よりも、正確さは人間の方が勝ると思います。

人間は、顏だけでなく、持ち物や仕草など、詳細な部分をトータルで見て瞬時に判断することができます。

人間の能力はすごいなと思いました。

もう一つ感じたことは、通行量調査のアルバイトはしんどく、ストレスのかかるものです。

want toで、このアルバイトのことを大好きでやっている人はほとんどいないと思います。

何かしら必要性があって、have toでこのアルバイトに行きついたのだと思います。

通行量調査が必要かどうかはさておき、お金を稼ぐという同じ目的にしても、want toな仕事を選ぶ人が増えるといいなと思います。

今日見た通行量調査の光景を見て感じたことは、立ち止まって考えるという作業をしないと、通り過ぎて終わりです。

日常生活の中で、いろいろなことに対し、立ち止まって考える習慣をつけてください。

201606.29

雑誌

Post by 中西千華 2016年6月29日


わたしはあまり雑誌を読まないですが、美容室などで雑誌が目の前に置かれると、みることがあります。

20代、30代をターゲットにした雑誌は、わたしにとってはびっくりするようなことが書いてあるので楽しいです。

大雑把に言うと、「〜に見られたい」「〜だと思われたい」という趣旨の特集が多いように感じます。

40代をターゲットにした雑誌であれば、あからさまな表現はしていないかもしれませんが、よく考えれば同じような趣旨のものがあります。

「幸せそうに見られたい」「幸せだと思われたい」「痩せているように見られたい」「おしゃれだと思われたい」「知的に見られたい」

良い悪いではなく、すべて、煩悩です。

ニュースの雑誌以外の雑誌は、たいてい、こういった煩悩に執着させることで消費を生もうとするものがほとんどである印象を受けています。
女性だけでなく男性でも、「雑誌を読んだらあの売れているらしい服が欲しくなった。」「あの限定って書いてあった時計を見に行かなきゃ。」という感覚を感じたことはあると思います。

まず、「〜に見られたい」「〜だと思われたい」という考えは捨ててください。

他人の評価軸に従って生きるのは、とても寂しい生き方です。

そして、わたしたちは常に、メディアにコントロールされやすい環境下にいることを意識してください。

幸せは、自分自身で選ぶものです。

201606.28

抹茶わらびもち

Post by 中西千華 2016年6月28日

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わたしはふだん一人で外食はしません。

一人でカフェに入ることはよくあります。

今日は昼過ぎまで私用があり、その後少し時間がありました。

何か甘いものが食べたいな、抹茶系でしかも美味しいのがいいなと思い、少しぶらぶらしてみましたが良いところが見つかりませんでした。

14時を過ぎており、少しお腹が空いていたので、外食してみようかなと思い立ちました。

あるビルの中を10分ぐらい見て、和の甘味処もあったのですが、お寿司屋さんに入ってみました。

一人で外食することはまずないので、少し緊張しました。

コンフォートゾーンから外れた状態ですね。

高層で景色が良く、なんとなく過去のことを思い出したりしていました。

店員さんがお茶を出してくださり、そのお茶がまるで抹茶のような、濃い抹茶かぶせのお茶で、ちょうど飲みたかったものであり少し驚きました。

注文したものが出てきて、いただいていたところ、わらびもちを持ってきてくださいました。

「雨の日サービスの抹茶わらびもちです。」

びっくりして吹き出しそうになりましたが、お礼を言いました。

わたしの情報空間を見られているのではないか、というような気持ちになりました。

実際はわたしの無意識が情報をさがしあてた、もしくは「縁起」とも言えると思います。

さまざまなものは情報空間で網の目のように繋がっています。

ときどき少し時間をとって、自由に、縁起瞑想をしてみると楽しいと思います。

201606.27

愛用ブーツ

Post by 中西千華 2016年6月27日

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田島コーチより、靴をテーマに記事を書いてみよう、ということで、わたしの愛用ブーツについて。

わたしのことをよく知っている方は見たことがあるであろうブーツです。

このブーツを履きはじめてから、同じ形、同じ色を買い替えて5足目ぐらいです。

買い替えてというのはやや語弊があり、だいたい常に2足持っています。

これは紫っぽい色ですが、黄色っぽい色のものも持っています。

色違い2足とも、新品がクローゼットで待っています。

つま先が削れやすく、かかとが壊れることがあるので、新品の時点で業者にお願いして補強してあります。

それほど高価ではありませんが海外製品なので、その年によって入荷されないことがあります。

なぜこのブーツが好きなのか考えてみます。

①ヒールがあるのに走ることができる。

②足・脚のラインがきれいに見える(気がする)。

③自分の身長と靴の高さのバランスがちょうど良い(気がする)。

要するに、セルフイメージにぴったり合致しているのだと思います。

最近は、なんとなくこのブーツではなく、ヒールの低いものを履いていることが多いです。

ヒールが低いと、全体のバランスも違ってきますし、足・脚のラインもそれほど美しくはありません。

でも気にせずに別のものを履いているということは、どういうことでしょうか。

これまで鏡をみて気に入って履いていたのは、自分の過去を見ていたに相違ない気がします。

鏡に映るものは、自分の過去。

これはなかなか示唆に富みますし、理解するのに時間がかかるのではないかと思います。

「この愛用ブーツは、どの時点での自分のセルフイメージなのだろう」と考えながら、おそらくこれからも履くのだと思います。

靴に限らず鞄など、いろいろな普段使っているものを、自分の過去のセルフイメージと照らし合わせて考えると面白いなと思います。

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