201607.02
美徳を疑う
Post by 中西千華 2016年7月2日
昨日、服に違和感を感じたことについて書きました。
そしてそれは、ゴールに近づく過程で起きる現象のひとつだと書きました。
服に関して思い出したことがあり、書こうと思います。
わたしの親友の一人に、大学のころからの友人がいます。
同じ大学で学び、いまはある科の医師です。
日本では珍しい血液型で、日本においての人口比率は0.1%ぐらいです。
ちなみに、血液型構成比率は世界各地で当然のように異なるので、血液型と性格を結びつけるのはあまり意味がないように感じます。
話を戻しますが、大学生のときに彼女と話しているとき、彼女がふと言った言葉を今でも覚えています。
「でも、去年着た服、今年は着れなくないですか?」
そのときは、裕福な家庭なのかなと思いましたが、おそらく一般家庭です。
友人の服は特別華美や高価なものでなく、そのときに似合うものを着ています。
いまふり返ると、裕福かどうかではなく、そういう教育を受けていたのだと思います。
わたしが子供のころ母親に「物持ちが良い」こと、つまり、物を大切に長くもたせることを褒められていました。
「物持ちが良い」ことが美徳のようでした。
大切にできる、という能力を褒めている以外に、母親にとって都合が良かったのだと思います。
先ほどの友人の言葉を思い出したとき、友人は、未来に向かう教育を受けていたのかなと感じました。
親からうけた影響は、良いものも悪いものも、自覚しない限り一生自分に影響を与え続けます。
あなたの習慣となっているもの、あなたの常識を、いろいろな違う視点からとらえ直す習慣をつけてください。
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