般若心経
苫米地英人著「超訳『般若心経』」を読んでいました。
わたしの出身高校は智辯和歌山なので宗教の授業があり、般若心経をたびたび耳にしていましたし読経していたように思います。
なので、高校の頃に聞いていた般若心経の音(声)を思い出し、懐かしさを感じました。
あらためて、不思議な部分がいっぱいである般若心経を、これまでの認識とは違う角度から見ることができました。
本の中にもあるように、般若心経は多くの人が知っていて多くの宗派で唱えられているにも関わらず、謎だらけです。
この謎だらけの般若心経を、この本の中で大胆な添削をしています。
本の中で「無」を「空」に、とことん添削しています。
見慣れ過ぎた「色即是空 空即是色」を「色即是無 無即是色」に添削している部分は、その通りなのですが、見慣れていたのもありびっくりしました。
でも、これを読むことで、確かに般若心経は空のテキストであることが見えてきます。
同時に、般若心経の意味を知ることで、般若心経をゴールに向かう際のアファメーションとして用いることができます。
心に残ったところを数か所引用したいと思います。
「では、『幸せ』とは何か。それは、『到達すべきゴールを設定し、それに向かうためのベストの選択をすること』です。ゴールに向かうこと自体が『幸せ』なのです。」
幸せとは、結果論ではなく、過程において感じるものであるということです。
「『空』を『emptiness』と訳したところから誤解が始まったという話は本文中で書きました。私はむしろ、『fullness』とでも訳したほうがぴったりくるのではないかと思っています。あふれんばかりの可能性をたたえ、しかもそれは宇宙と等価であるというのが『空』なのです。」
まさにそのとおりで、わたしも、空と虚無は正反対だと考えます。
わたしのブログは「空(クウ)」という名前にしておりますが、まさにfullnessを表現していきたいと考えています。
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