201608.05

続 立体視

Post by 中西千華 2016年8月5日

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立体視について、昔からずっと考えていたことを書きます。

立体視というと視覚のみのようですが、視覚に限らず、人間の感覚全ては、世界を、宇宙を立体的に感じるために精巧に作られているような気がしています。

昔から考えていたのは、イヤホンで音楽を聴く時、片耳だけだとわたしには直線的、もしくは平面的な音に聞こえます。ただの情報が耳に入ってくる感じです。

それが、もう片方の耳にもイヤホンを入れた瞬間、頭の中にコンサート会場が出来上がります。

片耳だと一次元かせいぜい二次元だったものが、両耳で一気に三次元かそれ以上になります。

つまり、両耳にイヤホンを入れて音楽を聴くことで、聴覚からの物理空間の情報を遮断すると同時に、情報空間の世界がいきなり広がります。

昔から、片耳で聞いてみたり、両耳にしたりして、この差はなんなのだろうと、よく考えていました。

視覚に関しても、両目で見る方が奥行きが遥かにわかりやすくなります。

また、嗅覚と味覚はこの二つのコラボレーションがあって初めて「味」が立体性を持ちます。

味覚は甘さや苦さや酸っぱさなどを感じるだけであり、味覚単体ではいわゆる「味」は感じらません。嗅覚があっての「味」です。

また、ある感覚に不自由がある場合は、必ずと言っていいほど、それを補完するため他のある感覚が突出して鋭くなる気がします。

人間には儚く脆い一面はありますが、わたしたちにもたらされている可能性は果てしなく深いです。

わたしたちが生まれたときからすでに可能性はもたらされています。しかも、とてつもない可能性です。

このことを忘れないでください。

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