続「幸福の計算式」
ニック・ポータヴィー著「幸福の計算式」より、引き続き引用します。
わたしのこの本の一番大好きなところを引用させて下さい。
最後の章、第11章です。
「幸福に関する研究は確かに、『幸福な人生とは何で成り立っているのだろうか?』という私の疑問の多くに答えを見いだす助けになった。だから、私はこうした発見に常に誇りをもっている。だが、タイにいる祖母に喜んでもらえると信じて、自分の生業を話そうと決めたのは、ごく最近のことだ。私は彼女のもとを訪れ、お金は人を幸せにするが私たちが考えているほどではないということ、人はいい出来事に慣れるが不幸な出来事にも順応するということを話した。また、幸福に関する最近の発見、つまり、どんなことでも、それについて考えているときには、その重要性を過大評価してしまうという人間の傾向についても話した。私の祖母は敬虔な仏教徒であり、学校教育を受けたことのない元農民であり、歳は90で、微笑むたびに『スター・ウォーズ』に出てくるヨーダのように見える。そんな祖母は私の話を聞いて、少し体を傾けながらこうささやいた。『私がまだ知らないことを教えてちょうだい』 おかしなことだが、まったく彼女の言うとおりなのだ。」
この後に、シッダールタ、つまり釈迦の話が続く。
わたしはこの本におけるこの第11章が、最高にクールだと思います。
読むたびに90のクールなヨーダが目の前にいるように感じます。
「幸福の計算式」
ニック・ポータヴィー著「幸福の計算式」はわたしの好きな本のひとつで、久しぶりに少し読んでみました。
第一章より引用します。
「幸福の計算式ー私たちは、これをずっと考え続けている。幸福の計算式を作る科学的な方法がもし本当にあったとしたらどうだろう?人生のあらゆる出来事に対する典型的な人間がもつ感情をある程度正確に測り、研究することができたなら、そして、それらの出来事が幸福度に及ぼす平均的な影響をまとめた完璧なガイドブックを書けたら?」
「お金は私たちを幸せにするだろうか?もしそうなら、どのくらい幸せになれるのだろうか?あるいは、お金で幸せになれないのなら、それはなぜだろうか?独身でいるよりも結婚したほうが幸せなのだろうか?もしそうなら、どのくらいの間、幸せでいられるのだろうか?離婚はどうだろうか?子どもをもてば幸せになれるだろうか?仕事はどうだろうか?愛する人が死んだら、どのくらい不幸になるのだろうか?そして、もしそうした悲しみを埋め合わせたいと思ったら、いくら必要なのだろうか?いくらあれば子どもや愛する人の死を忘れることができるだろうか?友情にはどのくらいの価値があるだろうか?今もっと幸せだったら、もっと生産的で寛容な人間になって、もっと長生きできるのだろうか?こうした疑問に対する答えの中には満足できるものがあるだろうか?そして、もっと大事なことだが、それによって私は決断の仕方を変えることができるのだろうか?また、国家は国民をもっと幸せにする努力をするべきだろうか?」
苫米地式コーチングのコーチが何を言い出すのかと思われるかもしれませんが、今でもとても興味深い本です。
この部分を読むだけでも、ニック・ポータヴィー氏がどれだけ深く人間の「幸せ」について興味があるのか伝わると思います。
リチャード・イースタリン、ダニエル・カーネマン、アンドリュー・オズワルドなど有名な経済学者や心理学者の研究を交えながら、「幸せ」について追及しようとしています。
本の中でいくつか計算式が出てきます。
値段をつけるべきでないものと思われるものに、値段をつけようとトライしようとしており、是非ではなく著者の好奇心が純粋に面白いです。
計算式の計算結果も興味深いです。
おそらく、訳者である阿部直子さんの訳も絶妙なのだろうなと思います。
今回の記事はここまでにしますが、幸福に関する研究はこれまで多くなされており、今でも幸福に関する本はどんどん世に出てきています。
つまり、人々は幸福になる方法を知りたいと、ずっと思い続けているという事実が存在します。
この事実について、わたしも考えます。
みなさんも考えてみてください。
「人の能力を認め、力を与える」
ルー・タイス著「アファメーション」より。
セクションⅤ「他人とチームを育てる『アファメーション』の法則」を読んでいます。
その中で、「人の能力を認め、力を与える」という部分から抜粋します。
「周囲の人をいつも前向きに、建設的に肯定して、その人の優れた点に目を向け、本人にも優れた点に注目できるようにサポートすると、どうなるでしょうか?ポジティブなアファメーションを何度も繰り返してみてください。その人に会うたびに、違った言葉で良いところを表現してみましょう。その人の価値や能力をいつも認めてあげるのです。あなたが職場や家庭のリーダー的存在だったら、周囲の人はあなたの言葉によって目を見張るほどに成長するでしょう。優れた将軍、コーチ、教師、経営者、親はこんなふうに行動しているのです。」
みなさんの中で、家庭をもっていたり、1人でも部下がいる方であれば、とても心に響く文章なのではないかと思います。
よくわかると思いますが、自分を大きく見せたかったり、相手を小さく感じさせたい人は、真逆の行動をとります。
日本の企業をわたしは経験していないのでわかりませんが、ネガティブなアファメーションを何度も繰り返し受けたことのある方は多いかもしれません。
わたしも幼少期から今まで、ネガティブなアファメーションを受けたことの記憶は(記憶はあくまでも現在から過去に対する解釈ですが)よく思い出されます。
たとえば、わたしは小学生のときスイミングスクールに通っていました。
担当の先生はたびたび変わりましたが、どうしても、ある先生の思い通りに泳ぐことができず、わたしはスイミングスクールをやめてしまいました。
ビート板という柔らかい板で叩かれたことを覚えています。
そういうリーダー的存在には、なっていけません。
周囲の人のポジティブな面を、あらゆる方法で表現してください。
いつも、常に、何度も何度も認めてください。
こうすることで、周囲の人に力が与えることができると同時に、あなた自身に対してもポジティブなアファメーションとして影響を与えると、わたしは考えます。
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